「女性記者に何があったか調べてみた結果……、わかりませんでした!」

キュレーションサイトかなにかかな?



旭医大取材の本紙記者逮捕 社内調査報告:北海道新聞 どうしん電子版
そういえば上級国民記者の逮捕で大騒ぎになっていた北海道新聞の社内調査の結果が発表(無料で読めるとは言ってない)されていたそうで。
記者逮捕の調査報告「会員限定」に 北海道新聞の対応に疑問相次ぐも...同紙は反論「指摘は当たらない」: J-CAST ニュース
記者逮捕 北海道新聞が検証記事「記者教育など問題」:朝日新聞デジタル
「道新は死んだ」北海道新聞「社内調査報告」の果てしなき残酷(亀松太郎) - 個人 - Yahoo!ニュース
新聞記者は、先輩の指示で取材したら逮捕され、社から切り捨てられる職業である(藤代裕之) - 個人 - Yahoo!ニュース
さすがに北海道新聞までは会員登録する気ないので、情報のフリーライダーらしく各所からの文章で読むしかないので所謂「感想についての感想」を書くしかないんですが。

 北海道新聞の女性記者(22)が取材の際、国立大学法人旭川医科大(北海道旭川市)の建物内に無断で侵入したとして建造物侵入容疑で現行犯逮捕された事件で、同社は7日、経緯や見解をまとめた「社内調査報告」を公表した。この調査報告について、北海道新聞の元記者で、北海道警裏金問題の取材班代表として新聞協会賞などの受賞歴がある高田昌幸東京都市大教授(調査報道論)は毎日新聞の取材に「調査報告の体をなしていない。市民の支持を得る気がない」と批判した。

北海道新聞は「調査報告の体をなしていない」元記者の識者が批判 | 毎日新聞

うん、まぁ、そうねえ。結論としては「調べてみた結果……、わかりませんでした!」だよね。
アクセスさえ稼げればいいっていうキュレーションサイトかなにかかな?
……ネットで書き殴られた駄文と違って複数人の編集を通った上での記事なんでしょうけど、正直「この説明でイケる!」と考えた北海道新聞の中の人たちの判断がとってもゆに~くだとおもいます。おわり。
でもそれだけじゃ寂しいし、以前も割と大きな主語で日記ネタもしかして:上級国民 - maukitiの日記にしたことだし以下適当なお話。




ということで個人的には、北海道新聞自身がそう納得した上でこのような記事を出すのはまぁ別に間違ってはいないとは思うんですよね。
たとえ新人記者を使い捨てにしようが、あるいはその上司であろう人物の保身の為に責任の所在を曖昧にしようが、別にそれで読者をある程度まで納得させられることができると考えているのであれば堂々とそれを書けばいいんですよ。
この日記でも何度もネタにしてきて定番ネタではあるんですが、そもそも『説明責任』というのはそれを聞くべき人たちに最低限の判断材料を与える義務がある、というモノでもあるわけで。別に全ての人を納得させるような説明をする必要なんてないし、そもそもそんなの不可能でしょう。
――転じて民主主義政治における政治家の説明責任というのは、その説明を聞いた上で私たちが平等に持つ参政権を使い政治家たちの進退を判断する、という事でもあります。そうした民主的説明責任の有無こそが、そもそも政策の判断や評価をさせる気が無い独裁政権と一線を画す部分でもある。
その意味で言えば、まぁ確かにこれで「説明責任を果たしている」と堂々と抗弁されたら、私たちとしてはそれについてどう反応するかは別としても、受け入れるしかない。

 この社内報告は、7日付北海道新聞の第2社会面の約半分のスペースを使って掲載された。北海道新聞社法務広報グループは朝日新聞の取材に対し、「記者会見を開く予定はない。この記事をもって説明責任を果たす」とした。

記者逮捕 北海道新聞が検証記事「記者教育など問題」:朝日新聞デジタル

今後も北海道地方で新聞業を堂々とやっていけると考えるのであれば、
北海道新聞の読者たちを納得させられると考えているのであれば、
権力者たちの腐敗を暴くジャーナリズムの担い手として問題ないと考えているのであれば、
やっぱり北海道新聞のこの『社内調査報告』は間違っているとは言えない。
実際北海道に住んでいない僕なんて、契約も会員登録もしていないまったくの部外者でもあるわけだしね。




その一方で、今後道新記者たちが、どんなに政治家に鋭い質問や調査報道をしても「北海道新聞()」と少なくない人たちが思うようになるのも当然の帰結だとは思いますけど。
普段は政治家に説明責任を求める新聞社が、堂々と発表したのがコレですよ。
面の皮が厚い感じに「説明責任を果たした」とのたまう政治家たちが有権者たちどのように見られているか、という視線とまったく同じように北海道新聞が見られるのも不可避であります。更には同業他社たちも。
北海道新聞は「調査報告の体をなしていない」元記者の識者が批判 | 毎日新聞
その意味で、この件で一番とばっちりを食らうことになるのが他の新聞社のみなさんなんですよね。
毎日新聞を中心に、政治家のそれを同じように批判的報道しているのも納得できるというか、誠実なジャーナリズムを目指す故の危機感の表れと言ってもいいかもしれない。
「#道新記者の逮捕に抗議します」で記者の特権について懸念していた人たちは、きっと今回もそれと同じかそれ以上に今回の件に懸念しているんじゃないかなあ。
誰だって同じ穴の狢だと思われたくないものね。
――もし、何も見ていないように振る舞っているのであれば……、うん、まぁ、世の中にはポジショントークというモノがあるわけだし。
きみねえ、いい大人なんだから、それくらい察してあげなさいよ。むこうだって会社員なんだぞ!




道新記者の逮捕の詳細について。
調べてみましたが解りませんでした!


いかがでしたか? 北海道新聞の説明責任の果たし方を見て、この胡乱な現代社会を生き抜く上でみなさんが少しでも愉快な気持ちになってくれた嬉しいです。気に入ったならこの記事に「いいね!」をお願いします。
 
 

イデオロギー闘争としての「歴史が再開」するとき

あるいは『文明の衝突』の始まりか。



イデオロギーが安全保障リスクに、若者の行動監視を=香港行政長官 | ロイター
この香港行政長官の発言って、意図しているのか無意識なのか、現代世界でいよいよ盛り上がっている『バイデン・ドクトリン*1』や『文明の衝突』に関してのあちら側からの率直な声明っぽくて個人的にすんごい面白くて興味深いと思うんですよねえ。

林鄭長官は、中国への香港返還から24年となった今月1日に、抗議デモを警戒して警備に当たっていた警官を50歳の男が刺し、その後自殺した事件を巡り、一部の市民が男の死を悼んでいることに驚きを示した。

「市民は長い間、違法な手段を通じて正義を実現するといった誤った思想にさらされてきた」と述べ、国家安全保障へのリスクは「社会秩序」に関する行為だけでなく、イデオロギーからも生まれると指摘。

政府機関は「違法な思想が教育や放送、芸術、文化を通じて市民に浸透し、暴力を美化し、市民の良心を曇らせるのを容認すべきではない」とした。

また「保護者や校長、教師、そして牧師に対し、周囲の10代の若者の行動を監視するよう求める。違法行為が見られれば、報告しなければならない」と述べた。

イデオロギーが安全保障リスクに、若者の行動監視を=香港行政長官 | ロイター

「市民は長い間、違法な手段を通じて正義を実現するといった誤った思想にさらされてきた」
これって中国側からの発言としては当然として、しかしリベラルな民主主義制度を奉じる私たちからもまったく同じ事が言えてしまうんですよね。
もちろん正義を実現しようとするのはいいんですよ。ついでに擁護できない犯罪行為を違法な手段として分類することも。
しかし、言論や集会や信仰など「市民の自由を制限してでも」正義を実現する、ことを無闇に許容するのは自由民主主義制度を前提とする私たちにとってはそれはもう『間違った思想』でもあります。


フランス革命以降、現代のアラブの春や香港デモに至るまで民主化運動の核には、国家に対して個人の尊厳と自由を認めさせるという構造があったわけで。その相克から法の支配と平等な参政権(民主的説明責任)を基礎にした民主主義国家が生まれた。
その自由権の制限を安易に認めてしまったら、比喩ではなく民主主義が死ぬこと一直線でしょう。
であればこそ、中国政府から次々と自由を奪われることで、これ以上ないほど明確に『民主主義が死んだ』香港の現状を欧米社会は批判し続けてきたわけで。それは本邦でしばしば使われるような雑で恣意的な使い方とは一線を画している危機感であります。
「市民は長い間、違法な手段を通じて正義を実現するといった誤った思想にさらされてきた」
かくして両者は同じことを言っているようで、まるで違う景色を見ることになる。
文字通り根本的なイデオロギーの違いによって。



ただ、こうした『「市民の自由を制限してでも」正義を実現する』という手段については、昨今のコロナや災害対応でも散々見てきたように、私たちの側からもそう簡単に色分けできないというのが正直なところでしょう。
その点から考えると、自称リベラルな僕ではありますけども、多少なりとも「いい勝負をしている」のも間違いないと思うんですよね。個人の自由権を制限してでも社会秩序を守らねばならない場面は、少なからず存在している。
中国共産党のやり方と、私たちのリベラルな自由民主主義制度のやり方。

「市民は長い間、違法な手段を通じて正義を実現するといった誤った思想にさらされてきた」と述べ、国家安全保障へのリスクは「社会秩序」に関する行為だけでなく、イデオロギーからも生まれると指摘。

政府機関は「違法な思想が教育や放送、芸術、文化を通じて市民に浸透し、暴力を美化し、市民の良心を曇らせるのを容認すべきではない」とした。

また「保護者や校長、教師、そして牧師に対し、周囲の10代の若者の行動を監視するよう求める。違法行為が見られれば、報告しなければならない」と述べた。

やっぱりこの発言て現代世界におけるイデオロギー闘争の最前線だよね。
前回の共産主義陣営との戦いでは勝利しましたけども、はたして今回はどちらが勝つことになるんでしょうねえ。



バーチャルユーチューバー 花園セレナ、ビリビリでの配信で「間違った地図」をだしたとして謝罪 - Togetter
不勉強ながらこのVtuberの方の動画を見たことはないんですが、しかしこちらも上記発言と同じくらい『イデオロギー闘争』あるいは『文明な衝突』の一場面っぽいなあとは思うんですよね。
そこでは間違った地図や政治的立場を配信することすら許されない。


はたして「違った地図」の次は「間違ったイデオロギー」を配信したことで、謝罪を要求される時代がやってくるのだろうか?
あるいは既にそうなっているのだろうか?


どちらにしても、こうした香港行政長官の発言やVtuberの謝罪を見ると、終わっていたはずのイデオロギー闘争としての歴史が再び動いている時代に生きているんだなあとしみじみ思ってしまいます。
グローバル化とは、歴史の終わりとは、一体なんだったのか。


みなさんはいかがお考えでしょうか?
 
 

通常日記

手抜き日記。

 

  • 新型コロナのワクチン、打った方が良い?~mRNAワクチンの効果と安全性、よくある誤解 | お薬Q&A ?Fizz Drug Information?
    • とても素晴らしいワクチンに関する身近な疑問への解答集。でもそれだけで反ワクチンな人たちを説得できるかというと、そんなことないのがこのお話のむつかしい所だよねえ。
  • 「→私は1円ももらっておりません。お金で主張が変わると思う方は、ぜひ一度Amazonギフトカード等でも良いのでお送りください。それで私の主張が変わるかどうかを確認できると思います。」
    • これは秀逸。僕にもAmazonギフトカードを送ってくれれば、金額次第でワクチン推進でも反ワクチン推進でもそれっぽく書くので確認できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

独裁者への道を舗装する人たち

これはやはりアベ独裁政権の応援団であるマスゴミの所業!


小泉環境相は熱海災害を「私の仕事は雨が上がった後」と他人事 菅首相は都議選「勝利宣言」準備 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
架空の発言で小泉進次郎氏を批判 AERA dot.が謝罪「記者の聞き間違いでした」: J-CAST ニュース【全文表示】
うん、まぁ、そうねえ。
進次郎構文で有名なかの人の発言については、個人的にも正直どうかと思うことは少なくないものの、だからといって発言を捏造してもセーフかというとまぁそれは一線を越えているとしか言いようがないよね。

その後、AERA.dotは記事中の「テレビの中ですけど」の部分を「選挙の中ですけど」に訂正。小泉氏の発言に対する「小泉環境相にとって災害は、テレビの中の出来事で、雨が上がったら対応すればいいとも聞こえる発言だった」という指摘も、「小泉環境相にとって災害は、雨が上がったら対応すればいい、とどこか他人事のように聞こえる発言だった」に変更された。

AERA.dotは5日までに、該当部分は「記者の聞き間違い」だったとして、「記事中の小泉進次郎環境相の演説で『テレビの中ですけど』という記述を『選挙の中ですけど』に訂正しました」と記事の末尾に追記。「関係者の方々には大変、ご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます」と謝罪した。

架空の発言で小泉進次郎氏を批判 AERA dot.が謝罪「記者の聞き間違いでした」: J-CAST ニュース【全文表示】

訂正されようがされまいが、結論がまったく変わってないのは色々と示唆的で面白いよね。


しかし今回の前例は反ワクチンあるいは最近ではメガソーラー諸悪の根源論に一生懸命活動をしている人たちにとっては朗報とも言えて、今回と同じように政治家や著名人の発言を捻じ曲げて引用することでフェイクニュースだとその間違いを批判されたら、しれっと「聞き間違えでした」と言い訳すればいいんじゃないかな。
すばらしい前例が出来て良かったね!
私たち市民に為になるニュースを提供してくれていつもありがとうAERA。当日記でもバカなことを書いていたら、それは聞き間違いの可能性があります。






ともあれ、いつものマスゴミだと批判して喜んでいても何も生産性は無いので、いつものように適当な日記ネタとして書くならば「トランプが喜びそうなネタ」だよなあとは思います。

私は憲法修正第一条を愛している。私よりも愛している人間はいない。誰ひとりいない……しかし選挙期間を通してわかったように、フェイク・ニュースは真実を伝えていないし、その事態はは変わっていない……私としては、それらのニュースが国民を代表するものではないと言いたいね。今後も代表することは決してないだろう。つまり、われわれは何か対策を講じなければいけないということだ。*1

それこそトランプの代表的手法の一つが――実際にはそうではないのに(ここ重要)――主流メディアがフェイクニュースを使って政権を不当に批判している、という構図でもあったわけでしょう。
実際それはトランプに限らず、古今東西の独裁者たちが権力を守るために用いる典型的手法の一つですらあります。
ウイグル族強制労働、米国のねつ造 制裁強化で中国が非難 | ロイター
お隣の中国だって現在進行形でそれをやっているわけだし。


その意味で言うと、「#道新記者の逮捕に抗議します」騒動なんかよりもずっと直接に『メディアの危機』と言っていい構図なんじゃないかと思うんですよね。こんなことトランプや独裁者相手にやったら大喜びでしょう。
何しろフェイクニュースだとフェイクする必要すらないんだから。
私人逮捕云々よりもずっと、メディア規制への道を舗装することになりかねない。
――あるいは実態としてはまったく逆で、こうまであからさまに発言を捏造しても政治家から圧力を受けないことを証明しているのかもしれない。
にほんってほうどうのじゆうがあってすばらしいくになんだなあ。
そしてそんな「優しい独裁者」相手に好き勝手に書き挑発している構図であると。
それならそれで、政治権力と対峙する一つの普遍的戦略ではありますよね。抗議活動をしている一部のデモ参加者たちが、敢えて過激な活動をすることで警察などに暴力的に制圧させる様子を撮影させる手法というのは、現代世界ではそれこそ一般的であるのだし。
ぶっちゃけその理屈であれば今回の件も納得できます。現代のナチスである自民党誘い受けしているのだと。


と、ここまで考えると「政治権力を監視する」ことを標榜するメディアにとっては、今回のように発言を捏造しようがそれがバレようがどちらに転んでも「美味しい」事態であることは確かなんですよね。
バレなければ自分たちが好きなように政治家の発言を捏造することで『権力監視』をするポーズができるし、仮にそれがバレて政治家側が批判してもメディア規制という蛮行をしようとしていると相手を逆に批判することができるのだから。
むしろバカ正直に本当のことを書くことのインセンティブの方が少ないことを、意図的なのか無意識なのか、正しく見抜いている賢いメディアたち。
そりゃ『放射能がくる』のも無理はないよね。


……オッカムの剃刀? ……うっ、頭が……。


フェイクニュースへの対抗を大義名分にした『メディア規制』をめぐるチキンレースについて。
みなさんはいかがお考えでしょうか?
 
 

*1:『民主主義の死に方』より、保守政治活動協議会でのトランプの発言。

通常日記

手抜き日記。

 

  • オーストラリアでデルタ株の感染が拡大 弱点つかれ - BBCニュース
    • デルタ株っょぃ。ウイルスがより強力になって変異するという、というのはパンデミック創作なんかでよくある展開ではありますけども、まさか普通の日常生活を送っているだけなのに、こうまで劇的に現実の出来事として見せられることになるなんて。
    • 正直オリンピックをやっても微増するだけで変わらないと思ってましたけど、このデルタ株を前提に考えるとヤバそうだよねえ。尾身先生は慧眼だったんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 「有料版なら広告なし」が生む、持つ者と持たざる者の情報格差 (1/2)
    • まぁ基本的に言いたいことは理解できるものの、それこそオールドメディアであるテレビやラジオや新聞からその構図は受け継がれてきたわけだしねえ。より洗練されたのか、よりevilになったのかは議論あるでしょうけど。一線を越えつつあるのは間違いないかもしれない。

 

  • レジ袋有料化はグリーンウォッシュ ? NPO法人 国際環境経済研究所|International Environment and Economy Institute
    • まぁ以前から言われているお話ではあるよね。ただ、メリットを無視することもできなくて、つまり私たちに「やった気にさせる」という効果も確かにあるわけでしょう。実際の効果はともかくとしても、「SDGsにコミットしています!」と言っておけば何かした気持ちになれるもんね。
    • それにマジレスするほうが空気読めてないのでは???? みんなノリでやっているんだから周りに合わせろや、はぁ~~~萎えるわ~~~。
    • ――という構図がミクロな人間関係を想起させて、とても面白いお話だと思ってます。

 

  • 日本は“マナー大国”?謎マナー乱立の理由をマナー講師に聞いた(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
    • もちろん僕もクッソしょーもない職業だとは思いますけども、その一方で本題とは関係ないマナーでマウントを取ろうとする人たちが多いのも事実なんですよねえ。そこだけは否定できない。
    • そのバカにしたいという気持ちと、無駄な軋轢を避けたいという気持ちの人たちの心のスキマをついたとてもニッチな需要をついたご職業だとは思います。そして更に謎マナーを作って、新たな火種を生んでは消化方法を教えるというマッチポンプなクッソしょーもないご職業だとやっぱり思いますけど。

 

 

 
 

通常日記

手抜き日記。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • CNN.co.jp : チェコ大統領、トランスジェンダーの人々は「不快」
    • 「不快」と言われるとねえ。「キモい」とか「生理的に無理」とかカジュアルに使っている人たちミクロな人間関係にもいっぱい居るからなあ。あれは本当に個人的に不快です。いやまぁもちろん権力者が言うこととは一線を画すべきなんでしょうけど。でも個人が言うのだって、権力者が言うのと同じように十分暴力的だよね。
    • でもここで面白いのは「ゲイやレズビアンといった人々は理解できる」と戦線を後退させているところで、僕は漸進的リベラルの勝利だと思ってます。

 

 

 

 

 

 
 

ザ・合成の誤謬

たかが148円。されど148円。



町山智浩氏 @TomoMachi、148円のクッキー万引きを通報した店員に苦言「148円で警察呼ぶな」 → 大炎上 #町山しぐさ #被害者しぐさ - Togetter
今週の面白い炎上騒動としては「148円で警察呼ぶなよ」というのがあったそうで。

「お金は持っていないけど、食いたか」。無職の男(65歳)は佐賀市内のコンビニに陳列されたクッキー(148円)を手に取り、店外へ。男性店員が取り押さえた。南署幹部は「クッキー1個で逮捕しなければならないなんて…」と複雑な思いをのぞかせた。

148円で警察呼ぶなよ。

町山智浩氏 @TomoMachi、148円のクッキー万引きを通報した店員に苦言「148円で警察呼ぶな」 → 大炎上 #町山しぐさ #被害者しぐさ - Togetter

うん、まぁ、そうねえ。
「個人の(ここ重要)」善意の在り方としては一つの類型であり特に珍しくもないとは思うものの、誰もがそれをやったら社会秩序は崩壊してしまうよねえ。
――その意味で言うと、経済学の『合成の誤謬』っぽいお話ではあるんですよね。
ミクロでの正しい振る舞いは、必ずしもマクロでも正しい振る舞いとなるわけではない。


木村花さんツイッター中傷、投稿者に129万円賠償命令:朝日新聞デジタル
木村花さん死去で誹謗中傷に著名人怒り…ダルは虫の大群写真を投稿「この人たちにスルーしろとは言えない」:中日スポーツ・東京中日スポーツ
個人的にこの「たかが148円」な発言で思い出すのが、女子プロレスラーの木村花さんへの誹謗中傷なニュースであります。

フジテレビ系「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが23日に亡くなる前、誹謗(ひぼう)中傷を受けていたことについて、一夜明けた24日もSNSで著名人が声をあげた。
 米大リーグ・カブスダルビッシュ有投手はツイッターに何度も投稿。「たまーに来た誹謗中傷をスルーしただけで対処法わかってますって感じの人へ。著名人への誹謗中傷はこんな感じです」と、虫の大群に襲われる人の写真をアップ。さらに「この人たちに『スルーしなさい』って俺は言えない」と書いた。ネット上では、スルーすればいいという意見もあり、これに一石を投じた形だ。

木村花さん死去で誹謗中傷に著名人怒り…ダルは虫の大群写真を投稿「この人たちにスルーしろとは言えない」:中日スポーツ・東京中日スポーツ

そうだよね。たかが誹謗中傷で裁判にする方が間違っているんだよね。
わるぐちなんてじぶんがするーすればいい!
これも最初に書いた合成の誤謬と近い構図だとは思うんですよね。無視してブロックすれば短期的にはそれでいいものの、じゃあ大量に来るそれらを放置することが社会全体にとって良いことかというと……。
万引きされたコンビニに「警察呼ぶなよ」というのとまったく同様に、「誹謗中傷で訴訟するなよ」なんて発言僕にはとても言えないなあ。
実際にそれで潰れたお店も、自殺した人たちだっているはずなのに。




マクロな数字で見た際の万引き被害の重さは割とニュースでも知られているようにはなっているのにね。
その意味では、この方はこの65歳の男性が救済すべき弱者であることは解っているのに、一方でこの万引き被害に遭ったコンビニのことはそれよりは救済すべき弱者ではない、という認識に立っているのがとてもユニークなポジションだとは思います。
擁護すべきは無職の男性でありコンビニの方ではない。
特定の人のポジションだけを強調しつつ、都合の悪い部分は無視するというとても「らしい」ポジショントークだよね。
――誰が本当に救うべき弱者であるのかを彼は明確な形で教えてくれている。
いやまぁそれを個人的な意見として言うのは自由なんですよ。必ずしもそれが多くの人に賛同されるとは限りませんけど。確かに一つの意見ではあると思います。
一体誰が「優先して救われるべき弱者なのか」というのは現代リベラルにとって中心的テーマの一つでもあるわけだし。
マイノリティな属性を持つ人たちか? 経済的弱者であれば、そのメインターゲット層は?


その後の発言で、そうしたテーマについて真面目に考える気が無いと、語るに落ちている感はありますけど。



救済すべき弱者と被害者の優先順位について。
皆さんはいかがお考えでしょうか?