私たちはその結論を受け入れる事ができるだろうか?

イギリスさんちの暴動のさきにあるものについて。



ロンドン暴徒から社会保障を剥奪せよ | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
まぁこうしたことは事件直後にありがちな一過性の過熱状態にあるとは思うんです。だからといって今のやり方をそのまま続けていけばいいのかと言うとそうでもないことを証明してしまったわけで。重要なのは現在のやり方の問題点を反省して、「では次はどうすればいいのか?」という所に行き着くんでしょう。僕にはまったく思いつきませんけど。


なんとなくこうした構図を考えてて思いだすのは、いわゆる1940年代以降から始まった植民地独立に伴う開発援助の失敗、なお話なんですよね。つまり、あの頃も現在の社会保障の手法の主流と似たような『投資ギャップ』こそが重要であり、途上国な彼らは資本が足りていないだけなのだ、なんて考え方が主流だった。
で、やっぱりその後の数十年の開発援助の失敗の歴史から、それは案の定間違っていたと証明される事になるわけです。
今になって考えてみれば当たり前の話ですよね。そんなハロッド・ドーマーなモデルは資本投入以外の要素をまるで計算にいれていなかったのだから。まぁそれは彼らの愚かさの証明というよりは単に、過渡期であった、ということの証明でもあるんでしょう。


幾ら「善意」による援助を行なった所で、受けとる側に適切な準備がなければ意味がない。そんなことは私たち現代日本人にしたら当然理解している話ではありますよね。いくら北朝鮮に金を渡した所で、結局彼らの支配者層と核開発に注ぎ込まれるだけでしかなかったように。*1
以前の日記で「経済成長は七難隠す」なことを書きましたけど、確かにそれも真実ではあるんです。そして「富と資本は万能薬である」と。
しかしそれはあくまでも、必要最低限の『制度』が整っていれば、という前提条件が必要でもあるわけで。少なくとも真っ当に機能する国家や政府が無ければ幾ら万能薬である資本を投入してもそれはザルに水を注ぐ結果にしかならない。
所有権の概念や、確実な政府の執行、法の支配など。そうした最低限の機能が無い所に開発援助をいくらやっても意味がないことをかつての人びとは正しく学習したんです。そしてその後の『人的資源の開発』や『持続可能な開発』や『新制度派経済学』など、現在にまで続く経済成長理論や開発経済学に受け継がれることになった。


そんなかつてあったマクロな『国家間所得格差』解決のアプローチの歴史が、今またミクロな『経済的弱者救済』解決のアプローチの歴史として繰り返されることになるのかなぁと少し思うんです。そして今回は前回よりもずっと難しいことになるんじゃないかと。かつて前者の失敗例として挙げられる開発援助の失敗の歴史、例えば「開発援助を行なったら隣国に戦争を仕掛けた」パキスタンのように、失敗したからといってその援助を簡単に打ち切る事なんてできるわけがないんだから。
彼らに必要なのは生きる糧であり、それさえ支援すれば彼らは立派に自立していく。なんて人ばかりではないことが明らかになってしまったイギリスさんちの社会保障。幾ら援助しても根本的解決にならない事を、まるでどっかで見た景色と同様に、再び決定的に突きつけられてしまった。


「彼らと私たちは同じ人間であり、金の問題さえ解決すれば平等である」が上手くいかなかったのは仕方ないことだとしても、果たして私たちはその結論を受け入れる事ができるだろうか?
かつて国家という主体にしてきた決断、古臭い伝統を捨てさせより「(一般的に)正しい」手法を教育すること、を私たちの隣人に対しても同じ様な決断を下せるようになるだろうか?
そんな「働かずに生きていく」ことを決意した人びとの価値観を否定し、冷酷に再教育することが出来るだろうか?
私たちはその結論を受け入れる事ができるだろうか?

*1:あるいはイラク戦争前の経済制裁下にあったイラクにしても、国連の石油と引き換えに行なわれていた医療援助プログラムなどもやっぱり悪用されていただけだった。それが『戦争が終わって』はじめて、案の定証明された。