『正義バカ』の存在意義

これまでバカにしていた人も、これからは是非温かい目で見守ってあげてください。


放医研など、実直で穏やかな人ほど不公平な扱いに怒り−神経伝達物質が関与:日刊工業新聞
へー、という感じです。へー。

 放射線医学総合研究所の高橋英彦客員研究員(現京都大学准教授)らは、正直で他人を信頼しやすい平和的な性格ほど不公平に対して怒り、自分が損をしてでも拒絶するといった一面を持つことを明らかにした。従来、衝動的で敵意が強い性格の人の方が、不公平な提案に対して拒否行動を起こしやすいと考えられていた。不公平な扱いを受けた時に起こす行動に、脳内の神経伝達物質セロトニンが関わることも初めて分かった。
 意思を決定する脳の仕組みの理解につながり、精神疾患などの診断法や治療法の開発につながる可能性がある。成果は米科学アカデミー紀要電子版に28日掲載される。
 20―30歳代の健康な男性20人を対象に、提案者が分配するお金の金額を自由に決められる「最後通牒(つうちょう)ゲーム」という経済ゲームを実施。

放医研など、実直で穏やかな人ほど不公平な扱いに怒り−神経伝達物質が関与:日刊工業新聞

まぁ懐疑的な人たちから「いかにもありそうな話に過ぎない」として批判されがちな、いつもの社会生物学の研究の一つ、ということで纏めてしまってよろしいのではないでしょうか。所謂アクセルロッド先生のゲーム理論における『反復型』囚人のジレンマの解決法が、生物学的に正しいと認められた形なのかなぁと。社会学行動経済学で言われていたことを生物学が再証明すると。


さて置き、では今回のこの「坊ちゃん型」とされる正義バカな人たちをプギャーすればいいという話だけなのかというと、そうでもないと思うんです。


ロバート・トリヴァース*1先生が仰っているように、私たち人類の祖先は淘汰によって互恵的な利他主義を発展させてきたわけです。それが生きていく上で厳しい環境であればあるほど、人間は協力してこなければ生き残れなかった。故に私たちは互恵的な協力関係を破綻させようとする試みに、それこそ本能というレベルで激しい怒りを覚えるのです。全ての人間が少なからず持つ、怒り・プライド・恥・罪悪感、といった感情はこうした囚人のジレンマのような状況ににおいて、しばしば現れる反応であるということは決して偶然ではないのでしょう。それは現代に至ってさえも、人類の多くの社会において「裏切者」というレッテルが、ほとんどの場合で最大級の非難の言葉として定義されていることからも窺えますよね。
そしてそんな怒りは、今回の実験で証明されているように、まぁ大抵の場合不合理で割に合わないものであるわけです。しかしそれでも尚、大抵の人は多かれ少なかれそんな風に怒り狂う人を実体験として見たことがあるのではないでしょうか。それこそが生暖かい目で見つめながら「この人は一円の得にもならないのに何でこんなに怒っているのだろうか」なんて。


じゃあそうやって不正義に怒り狂う人がまったく利益をもたらさないのかというと、そうでもないんですよね。むしろ実は彼らこそが真に正しく(個人的な利益ではない)社会の為に、怒っていると言うことさえできるんじゃないかと。
この場合その当人が合理的か否かを意識していのるか無意識なのかはどちらでもよくて、敢えて自滅的に取引を蹴る人が居るからこそ、不誠実な取引を持ちかける人への大きなハードルとなってもいるのです。勿論これが全ての要因であるとは言えませんけど、もし私たちが自分だけに利益のある不誠実な態度を取ろうとする際に、しかし(合理的であろうとすれば)ほとんど必ず想定する事態でもあるのではないでしょうか。だからこそ、一般に合理的な人であればあるほど同様に誠実であろうとするのです。
そんな正義バカな人たちは、社会に半ば必然的に発生するこうした不誠実な取引をしようとする人たちへの、一種のバランサーとして働いていると思うんです。だってそうした人が居なければ、誰もが自分に得するような不公平な取引するようになるだけじゃないですか。しかし『正義バカ』の存在がそれを許容しないのです。
かくして彼らの不合理こそが、全体としての合理性を担保している。故にそれはある種の抑止力なのだと。


ということでこんな風に「正直で他人を信頼しやすい平和的な性格ほど不公平に対して怒り、自分が損をしてでも拒絶する人」という正義バカな人たちこそが、実は互恵的な利他主義という文字通り社会全体の利益の為に動いているのではないでしょうか。まぁ確かに信じるモノが強固であればあるほど、それを否定されたときの怒りは大きいものなので当然の話ではあります。そして確かに彼らのその不公平への怒りはその抑止の一助ともなっていると。わざわざ声を上げない(僕のような)人にしたって「あいつバカだなぁ」と思うと同時に、少なからず「よく言った!」なんて気持ちが沸くことも否定できないわけだし。


だから僕としてはただ彼らを不合理でバカだなんて言うことはできないかなぁと。がんばれ正義バカな人たち。