(食べちゃいたいくらい)愛してるっ!

愛されたおかげで乱獲され、しかし愛されたおかげで保護されている動物たち。


CNN.co.jp:野生生物保護は「美しい種」が優先、生態系に影響も
なるほどなるほど。まぁわからないお話ではありませんよね。私たちが広義に「美しい」と感じる動物たち――牛や豚や鶏や羊や馬など、その愛ゆえにそれはもう膨大に増えまくっているわけで。

(CNN) 動植物保護の取り組みは人間の目から見て美しく見える種が優先され、醜く見える種は無視されがちな傾向がある――。そんな研究結果が科学誌バイオディバーシティの2012年版に発表された。

この研究は「新しいノアの方舟――美しく有用な種に限る」とのタイトルで、カナダの農業機関の分類学者アーニー・スモール氏が寄稿した。それによると、絶滅の恐れがある種の中でも、人間から見て美しさや強さ、可愛らしさといった好ましい特性を持つ種は、そうした特性を持たない種に比べて保護活動の対象になりやすいという。

CNN.co.jp:野生生物保護は「美しい種」が優先、生態系に影響も

ということで、だからこれって微妙にズレているお話ではないかとも思うんですよね。
つまり、じゃあ何でそもそもこうした『好ましい種』が保護されるようになっているのかって――もちろん全てではありませんけど――そりゃ人間が「旨いから」とか「役に立つから」とか「儲かるから」と、狩りまくったからじゃないですか。『絶滅危惧種』とされる彼らの内の少なくない数が、まさに人間に愛され過ぎたせいで、乱獲された結果として保護の対象にまでなってしまった。その始祖とされているマンモスから、近現代に至るリョコウバトやアメリカバイソン、そして現代にも通じているクジラやトラだってそうですよね。食用やら毛皮やらと、不幸にも人間に愛されてしまった動物たち。
その意味で、私たち人間に愛されるのも良いことばかりじゃないよなぁ、ていうかぶっちゃけ無視されていた方が幸せだったのかもしれません。何の役にも立たずただ醜いだけで、人間に無視されて生きていければそんなことなかったかもしれない。まぁ無視されたらされたで未知のビョーキをうっかり伝染されたりもするんですけど。勝手に減らされたり勝手に増やされたり、まぁ勝手といえばこれほど自分勝手な話もありませんよね。
人間によって絶滅にまで追い詰められた数々の「美しい」動物たちを見ていると、むしろ進化の方向としては失敗だったとも言えるんじゃないでしょうか。


さて置き、しかしまぁ今回の論文だけでなく逆ポジである某過激派動物保護団体やら、どちらにしてもこんな『新しいノアの方舟』なんてナチュラルに出てくる辺りやっぱりキリスト教圏の人たちの論理にはついていけないなぁとは思ってしまいます。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせ、全ての生き物を支配せよ」なんて。
それをどう捉えるかについては当然色々議論があるのでしょうけども、しかしそうした背景とはあまり馴染みのない日本の人たちにはあまり出てこない思想ではないでしょうか。




ちなみに別に人間の手を経なくても、膨大な数の種は勝手に生存競争に敗れどんどん絶滅していってもいるので、その人間の手に掛かった数を数えても大して意味はないよね、という身も蓋もない議論もあったりします。
何せこれまで地球上に生まれた種の中で『現段階でも』残っているのはたったの0.02%程度しかないんだから。