右手に核廃絶を、左手にMDを

オバマさんの天使の右手と悪魔の左手。だからこそ『ダブル・サウザンド』はやってこない。



オバマ米大統領、核兵器のさらなる削減を表明 ベルリンで演説 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
ということで「核なき世界」を唱えることでノーベル平和賞まで頂戴したオバマさんの、久々の、千里の道の一歩であります。1550発から1000発へ。まぁいきなりゼロは無理だから三分の二にしようという意気込みは解らなくはありませんよね。
米大統領の核削減提案、ロシア副首相が批判 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
で、ロシアさんに一蹴されてしまうと。1987年の『ダブル・ゼロ』が再びやってくることはなかった。ノーベル平和賞(笑)

ウラジオストク(ロシア極東)=田村雄】インターファクス通信によると、ロシア政府で軍需産業を統括するロゴジン副首相は19日、オバマ米大統領がベルリンでの演説で表明した戦略核弾頭のさらなる削減提案について、「ロシア指導部は真剣に受け止めることができない」と述べた。

 対外強硬派として知られるロゴジン副首相は、オバマ大統領がロシアに軍縮を呼びかける一方で、ミサイル防衛(MD)計画を推進していることを批判。MD計画によって、米露の核戦力バランスが崩れるとするロシアの懸念を改めて表明し、クギを刺した格好だ。

 オバマ大統領は、米露の新戦略兵器削減条約(新START)で定めた上限の1550発から3分の1減らし、約1000発に削減することを目標に掲げたが、ロゴジン副首相は「(核軍縮とMDは)両立し得ない」と述べた。

米大統領の核削減提案、ロシア副首相が批判 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

なんてロシアは解らず屋なんだ! おわり。でもそれだけじゃ寂しいので以下適当なお話。


単純にオバマさん及びロシア側の「やる気」だけが問題なのかというと、別にそういうわけでもないんですよね。
そもそも、1970年代から米ソによる核兵器削減(INF及びSALTⅠ・Ⅱ)という合意が進んだ背景にある最も重要な点というのは、両者の「均衡状態」という状況こそがその合意を生んだわけです。彼らはお互いの核戦力が均衡していたからこそ、その削減にも合意した。INF条約の成立背景というのは特にその構図の典型で、元々ロシアが優勢だった所に後からアメリカが核兵器を導入することで均衡状態を作り出した結果、ロシアはその中距離核戦力の撤廃に合意したわけで。


翻って現在、その米露における均衡はアメリカがSDI以来しつこく開発を続けたMD=ミサイル防衛の成功によって、決定的に崩壊してしまっている。
核削減に最も重要なピースであるはずの両者の「約束された相互破壊」があり得ない自体となっているわけで。もちろんMDに懐疑的な人は日本にも結構いらっしゃいますけれども、しかし少なくともロシアの側はそう信じている。最早米露の核戦力のバランスは崩壊していると。
――ここで解決が難しいのは、アメリカが推し進める『MD』が別に直接の核戦力というわけではないからなんですよね。
もちろんあの冷戦真っ只中の頃だってアメリカがSDI=戦略防衛構想というバカげた防衛構想に突っ走っていたわけですけども――ついでに言うとあの頃から「アメリカはSDIやめろ」というソ連の注文を拒絶していた――しかしあれは現実への影響力としては「バカな妄想」だったからこそ、両者の核戦力のバランスを決定的に壊してしまうなんてことなかったわけで。皮肉にもあの時代のSDIは、無力だったからこそ、米露はそれを無視してお互いに合意することができた。
しかし現在のMDはまったくそうではない。もう、それなりに、効果のあるシステムとして完成している。
その意味でロシアさんちが言っていることは真っ当なお話でもあるのです。普通に考えれば、ミサイル防衛を突破する為に最も効果的なのは飽和攻撃であるわけで。それなのに「お互いに数を減らそうぜ^^」なんてアメリカの言うことを聞けるわけがない。もしそうなれば、アメリカ側の核戦略だけが一方的に得をするのは間違いないのです。
一見フェアなことを提案しているようで、しかしその実かなり図々しいことを発言している構図。まぁ私たちの周りにも結構居たりしますよね。


そしてこの構図において、核戦力じゃないからセーフだ、としてアメリカの側も(SDI以来の伝統として)一歩も引く気はない。まぁその理屈も確かに100%間違っているとも言えませんよね。だって基本的には防衛戦力だし。そしてそれはレーガンさん以来の歴代大統領が進めてきた執念でもある、核兵器から我がアメリカを守るミサイル防衛。そして核拡散のこの時代にあって、それを捨てることなんて出来るはずがない。
――ただ、それでも、そのMDこそが現状の核戦力均衡の最大の障害となっているのもまた事実なわけで。
オバマさんはこうして「核廃絶」「核削減」を謳っている一方で、しかしその一方では削減交渉における最大の障害となっているMDを推し進めてもいる。右足と左足がまったく逆に走り出している。悪く言えば確かに、まったく矛盾した態度ではあるんですよね。


ただまぁこの辺は単純に時間が解決するかもしれない、とも言えたりします。普通に考えれば、ロシアの側も同じくMDかそれに近いモノを完成させれば条件は五分になるわけだから。彼らだって当然そうした研究開発はやっているわけで。そうした時再び「核戦力の均衡」が復活し、核削減の機運が両国に生まれるかもしれない。
しかしそれってあのお互い先制攻撃のボタンに手を掛けたまま睨みあう悪夢の相互確証破壊の再来とも言えるんですけど。


悪夢のような相互確証破壊が「確証」でなくなったからこそ減らない核兵器。なんて時代だ。
いやぁオバマさんの「核なき世界」も楽じゃないよね。