人類最古の二つの職業が交差するとき、地獄は始まる

『性奴隷』が身近にあるヨーロッパ。


取引される少女たち、欧州人身売買の実態 暗躍する現代の女衒~北欧・福祉社会の光と影(19)(1/6) | JBpress(日本ビジネスプレス)
ということでヨーロッパさんちに冷戦以降に決定的に広まった現在進行形の問題である「性奴隷=セックススレイブ」のお話であります。
しばしば、私たち日本でも従軍慰安婦問題と関連して語られるこの「性奴隷=セックススレイブ」という言葉ではありますが、ぶっちゃけ現代日本国内とは――もちろんまったくないとは絶対に言いませんけど――比較にならないほど、あちらでは身近にある問題なんですよね。だから少なくない人が、特に欧米の人権団体やそうした価値観を重視する日本の人から、「日本はセックススレイブの問題ともっと向き合うべきだ」という身も蓋もない言葉を聞いてギョっとしてしまう。

 もちろんロンドンの女性たちの事情とスウェーデンの事例は、同じではないだろう。しかし形態は違っていても、欧州の中の「豊かな国」が「貧しい国」の「女性の性を搾取している」という根本は同一だ。

 このヒューマントラフィッキング(人身売買)の根底にある問題として指摘されるのは「男女の不平等」「女性の性への蔑視」「民主主義の欠如」「失業」「性産業の伸長」などであるが、それと並んで最も大きいと考えられているのはやはり「貧困」である。

 この問題を根絶しない限り、世界中にはびこるあらゆる差別と搾取と収奪は決してなくならない。

取引される少女たち、欧州人身売買の実態 暗躍する現代の女衒~北欧・福祉社会の光と影(19)(1/6) | JBpress(日本ビジネスプレス)

まず前提として覚えておかなければいけないのは、別に欧米のリベラルな皆さんを中心とする人たちがただ単純に善意や倫理・道徳観「のみ」で、そうした女性の権利を守ろうとして、敢えてそのような強い言葉をただ使っているというだけでは決してないのであります。その強い言葉が存在している理由というのは、まさにヨーロッパでは、性奴隷というモノは現実に、私たち日本の規模とはまったく違うレベルで存在しているからこそ彼らはあそこまで熱心なのです。
あちらの彼らにとってそれは現実に迫った問題であるのです。


上記リンク先でも少し言及されていますけど、そもそも、ヨーロッパでこうした現代の性奴隷が爆発的に広まったのは、あの東西冷戦の終焉=ソ連の崩壊からなわけであります。つまり、東側陣営に属していたソ連・東欧諸国は政治的劇変に見舞われると同時に、経済的劇変にも襲われた。それまでなんとか維持してきた計画経済が破綻することで、失業率は冗談のようなレベルに。明日食うパンにも困るという最低レベル生活。
そこで最も被害が大きかったのは、まぁ当然弱い立場の女性たちでありました。ここで悪魔が囁くのです。しかし、あの壁の向こう、あのカーテンの向こう、国境の向こうで君が身体を売ることができれば……。

最近の事例を見ると、路上で物乞いをする人たちと同じく、人身売買の犠牲となっている女性たちはルーマニアブルガリアからが圧倒的に多い。路上 の物乞い者はこの半年ほどの間に急激に増えたが、その増加とほぼ比例して、あるいはもっと高い率で性サービスを強要させられている女性が増えているのだろうということは想像に難くない。

 最近の例では、3月にマルメで39歳の女性とその仲間数人が人身売買の疑いで逮捕された。彼女らを4カ月間にわたって監視していた国境警察によると、一味は東欧国から20代の女性を募集してスウェーデンに連れて来、マルメで性的サービスを販売していたとしている。

取引される少女たち、欧州人身売買の実態 暗躍する現代の女衒~北欧・福祉社会の光と影(19)(1/6) | JBpress(日本ビジネスプレス)

かくして「EU近く」での人身売買は世界最大という規模にまで膨れ上がることになるのです。需要と供給、供給地と消費地二つの距離、という冷たすぎる方程式はここに完成する。かくして必然の帰結として、旧ソ連圏の若いスラブ系の女性たちはヨーロッパへと『性奴隷』として流れ込むことになったのです。更にはヨーロッパ全体というだけでなく、アメリカ、中東、アジアにまで。
悲劇のナターシャたち。


さて、これだけでも十分に悲劇的なお話ではありますが、しかし問題はここに留まらなかったのです。つまり、あのソ連崩壊という20世紀屈指の一大イベントによって生まれたこの救えない構造は、現在のヨーロッパでは完全に固定化してしまっているのです。あちらでは、マフィアなどの人身売買業者によって「貧しい国の女性を、裕福な国へと輸出する」というのは完全に産業の一つとして確立されてしまっている。現代における奴隷貿易
祝福すべき東西冷戦の終結と、そしてすばらしきヨーロッパ統合の副産物。
こうして、現代ヨーロッパでは人類社会における世界最古の職業の二つ『売春』と『貿易』が悪魔合体することで、まさに文字通りの『性奴隷』という存在が誕生している。そりゃ彼らも必死になってしまいますよね。


もちろんこれは私たち日本にも無関係であるわけでは絶対にありません。あまりマーケットとしては大きくないとはいえ、やっぱり私たちはそうした性奴隷を輸出される立場にあるのは間違いない。ついでにいえば、そうした『性奴隷』は日本でもやっぱりあるのです。だってそれは古今東西どこにでもある「貧困から生まれる悲劇」の一つであり、だから絶対に無関係ではない。
ただまぁこうしたヨーロッパの悲惨な現状を無視して、日本のそれを遅れている、と一方的に断罪するのはあんまり正しい現状認識ではありませんよね。もちろん日本人の認識が遅れているのは間違いありませんけど、それを言ったらそもそも外国人自体が(相対的に)少ない日本では、幸か不幸か、あちらほどヒドい状況にはなってもいないし、多数の女性が追い詰められるほど経済だってそこまでどん底でもない。一方で彼らが『性奴隷』という言葉を使うのは別に意識が高いからとかそういう理由だけではなくて、まさに彼らの生活にそれが限りなく近くにあり、その現状からまったく抜け出せないという危機感の証左でもあるのです。
その意味で、この性奴隷問題に関して考える時「私たちはヨーロッパを見習おう」というのは半分正解で半分間違っていると思うんですよね。彼らのその危機感の根底にあるのは、結局現状への対応でもあるわけなんだから。もちろん彼らのその取り組もうとする意志そのものは目指すべきであるのでしょう。
――しかし、より正確に言うのならば、むしろ「そもそも私たち日本はヨーロッパのようにはならないようにしよう」とこそ言うべきだよなぁと思ったりします。人種差別な問題でも思うんですけど、どう考えても彼らのそれって見習うようなモノじゃありませんよね。むしろ私たち日本はアレを反面教師にするべきじゃないのかと。


ともあれ、やっぱりこうしたことは他人事ではなくて、私たちだってもし近くにある北朝鮮や中国が大変なことになった時、冷戦崩壊後のヨーロッパと同じような立場に立たされるかもしれないわけだから。
みなさんはいかがお考えでしょうか?