外交において安易に『人権問題』を取り上げることの危うさ

だからこそ、ネオコンや『9・11』以来その影響を強く受けた前ブッシュさんは、現実主義派の人々からも批判されまくっていたわけで。


「冷戦時代の精神構造」、オバマ大統領がロシアに苦言 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
米ロ関係を見直す重要な節目=オバマ大統領| Reuters
プーチン政権は「反米的」…オバマ大統領が批判 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
ということで例のスノーデン君騒動がロシアによる一時亡命認可という形で閉幕して以来、まぁ見事にアメリカさんちとロシアさんちはケンアクな関係であります。でもまぁおそらく、両国関係者としては内心は対立したところでどうにもならないことを解っているのでしょうけども、しかしオバマさんが何故か今になってこんなロシア批判を直截に口にしてしまっているのかが良く解らないんですよね。
正直、それを言った所で別に問題解決には何も寄与しないのに。まるでいつかのブッシュさんのようです。


そもそもロシアとしては中国から転がり込まれたスノーデン君を「密かに」利用できなくなった時点でアメリカの機密としての価値は半減してしまったし、同時に「機密を握った政治的亡命者」というのは絶対に他人事ではないので、価値が半減してしまったのならばさっさと返してアメリカに恩を売った方がいいんですよ。それなら後でロシア側からの亡命希望者も代わりに帰してもらえるかもしれないから。でも既に彼の存在がロシア国民にも明らかになってしまっている以上、下手にアメリカと裏取引する事もできずにいる。ここで折れてしまったら、ただでさえ危ない政権への信頼度が更に損なわれてしまいかねない。
一方のアメリカは、最早起きてしまった今回はともかくとしても、第二第三のスノーデン君――機密情報の暴露「まで」はこれまで何度かあったものの、それがこうして犯人に国外逃亡され政治亡命までされてしまうことを、絶対に『前例』として認めるわけにはいかないのです。だからこそ、アメリカも一歩も後に引けずに、半ばポーズとして、こうしてアメリカの怒りと強さを必要以上に誇示しなければいけない羽目になっている。解決のためというよりは、予防のためにこそ。
かくして、どちらも解っていながら、体面を保つためにこうして対抗措置を採らざるを得なくなっているわけで。
だから実はこの構図においては、ロシアもアメリカも実はお互いに相手をそこまで見ていないんですよね。ロシアはどこまでいってもロシア国民を見ているし、アメリカは次の類似犯・模倣犯の防止こそを見ている。ロシアは「強いロシア」を演出するために、そしてアメリカは「二度目は絶対にないぞ」と演出するために。後に引けない両国。
いやぁ、ザ・不毛な構図ですよね。



なのでここまでであれば概ね米ロ両国によるプロレスであり、このことが深刻な米ロ関係の障害になるのかというと、やっぱりそうではないのだろうなぁ。
――と思っていたんですが、

 またオバマ大統領は、同性愛者についての情報を未成年に頒布することを禁止し罰金を科す法律がロシアで成立したことについて苦言を呈した。この法律に対しては、ロシアでまん延している同性愛者に対する差別が正当化されかねないと懸念する声が上がっている。

「私はゲイやレズビアントランスジェンダーの人々を脅したり害を加えるような国に対して寛容な心は持てない」とオバマ大統領は述べ、そのような法律が成立することはロシアだけの「特別のことではない」と語った。(c)AFP/Joseph KRAUSS

「冷戦時代の精神構造」、オバマ大統領がロシアに苦言 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

……うわぁ、幾らプロレスな外交状況だからってそれを言ったらアカン。ショープロレスが本気のストロングスタイルになってしまいつつある。
こうした外交や国家安全保障上の問題解決が困難だからって、当てつけとばかりに相手国の人権問題を持ち出すのはものすごい悪手だって誰かオバマさんに忠告しなかったのかなぁと。それは無駄であるどころか、むしろ逆効果にさえなりかねない。
日本で言うと、尖閣の問題と絡めて、中国のチベットウイグルの人権弾圧について抗議するようなものであります。もちろんその人権弾圧については確かに正当な抗議ではあるかもしれないけれども、しかしそれは別の問題と絡めてみても絶対に解決の助けにならないどころか、相手を一層激怒させることになるのは、まぁ私たちでも解りますよね。ただただ激怒させたいだけなら話は別ですけども、まさか子供のケンカじゃあるまいし。
それなのに何故かオバマさんはこうして――もちろんそれは関係悪化の一要素に過ぎないとエクスキューズしていながらも――スノーデン君の問題のあてつけとばかりに、何故かロシアの人権問題を持ち出そうとしている。
特に現代国際関係において『人権問題』の扱いが難しいのはその点を指摘することが、しばしば、相手への『国家の正統性』そのものへの挑戦になりかねないという点にあるわけです。つまり、そこを責めると言うことは「お前の国家の存在自体に疑問がある」というのにかなり近くなってしまう。だからこそ、その言葉はむしろ決定的な対立が考えられないような安定した同盟国などに対してこそ多く用いられるのであって、それが本気に取られれかねない――例えば中国などに対して真っ向からそれを言うことは憚られるのです。だってそれはシャレにならないから。
この素晴らしき現代世界では、大多数の国はそうした明らかな人権弾圧をやっている国々に対しても、(何か特別な事情がない限り)取り繕った対応を崩すことはしないのです。


上記で書いたように、スノーデン君の問題――機密情報をマスコミを通じて暴露するやり方――というのは、本来ならばアメリカもロシアも共通の利害があるはずなんですよ。右であろうが左であろうが同じ国家というポジションにおいて、私たち一般市民にとってどうなのかはさて置くとして、政府当局者にとって心底困った事態であるのは変わりがない。
だから両国には対決ではなく和解するインセンティブがそもそも存在しているはずのです。ところが、そこで『人権問題』を持ち出してしまうと、もう何もかもご破算であります。本当に重要なのであれば、そんなことしてはいけない。
かつてキッシンジャー先生は、冷戦時代のソ連との対話において、しかしそこでユダヤ移民問題のようなソ連の人権問題を持ち込むことに一貫して反対していたそうです。何故なら、それが「米ソの核戦争回避」という共通利害にとって、何の解決にもならないことを理解していたから。


ということでオバマさんはキッシンジャー先生辺りに怒られればいいんじゃないかな。