国際貿易の真髄

消費者たちのへ小さな福音。



EU、日本の車部品関税ゼロ提案 EPA交渉で  :日本経済新聞
ということで会員ではないので、ニュースの本筋と合ってるかは解りませんけども、ヨーロッパとワインとチーズの関税撤廃についてのお話があがっているそうで。
EU「日本がワインとチーズに関税掛けるのやめれば、自動車部品に関税かけるのやめるよ。どうよ?」 : ガハろぐNewsヽ(・ω・)/ズコー
――で、一方で、TPPの議論がかまびすしい中にあって、こうして「チーズ値下げ大賛成!」と反応があるのは、なんだかおもしろい風景だなぁと思ったので、以下適当なお話。




まぁTPPをめぐる議論は複雑怪奇なので、僕ごときには当然その細部を語りきれるものではありませんけども、しかし、あまりに当然の前提なのか、こうして現在のように国際貿易に関する大きな政治的議論となると、すっかりスルーされているんじゃないかと思う前提があるんですよね。
つまり、上記欧州チーズの値下げに喜ぶ人々のように、国際貿易の真の利益というのは結局、私たち消費者が「モノを安く買えるようになる」という大前提があるからこそ、ほとんど全ての場合において(公正な)国際貿易は支持されているわけで。しかし現状の日本では――といってもまぁこれは私たち日本だけでなくてほとんど世界中どこの国でも陥る構図でもあります――「こちらが関税を撤廃すれば、私たちの商機が増えるから賛成するべきだ!」という議論になっているんですよね。それが完全に間違っているわけではありませんけども、しかしそれは国民全体という視点にとっては必ずしも強調すべき利益ではありませんよね。一部業界と一部業界の戦いでしかない。一方で、私たち消費者として見た場合、その関税撤廃による商品の価格低下による恩恵は、ほぼ確実に得ることができるはずなのです。


だからこそ、古くはリカード先生のいう国際貿易は、現代の人類世界の繁栄の根幹を為す最も重要な基本的秩序の一つであるのです。
自由な貿易は、世界全体を富ませることができる。





でも、それが必ずしも実現できない私たち。しかしこの辺りは、私たちの能力の限界というよりは、民主主義政治の限界でもあるんですよね。
――ならば、国民全体が「ほどほど」に支持する政策を、少数の熱狂的反対を押し切ってまで実行することは許されるのか? というと私たちは困ってしまうわけで。まさに現状直面しているジレンマそのものであります。もし許されないのならば、その少数派(多数派)の損失は一体どの程度までなら許され、どの程度までは許されないのか?
この辺のお話はテーマがずれるのでまた次回に。