なぜ核兵器はされなかったのに、一方の生物化学兵器は条約で禁止されたの?

A「だってアメリカに都合がいいから」



シリアの化学兵器 米が洋上処分を提案 NHKニュース
シリア化学兵器を洋上処理へ、神経ガスなど500トン=OPCW| Reuters
CNN.co.jp : 米国、シリア化学兵器の洋上処理を提案 技術や資金負担
ということで相変わらずシリア内戦の「もうひとつの」焦点である化学兵器処理は前途多難の果てにアメリカによる海上処理という案が出ているそうで。まぁこうして非難の声は堂々と上げても、しかしその処理を実際に自国で手伝おうとはどこも手を挙げない――もちろんそれはそうした兵器を殊更に忌避する私たち平和主義な日本だって例外ではない――ことが大変よく解るお話ですよね。うちの裏庭では勘弁してくれ。口ではキレイ事は幾らでも言えるけど、でも実際にそれを手伝うかどうかは別問題なのだ。シリアのことなど、シリアの化学兵器ことなど、口や多少のカネは出せても手は出したくない私たち。


ともあれそんな口だけ達者な善人たちが溢れる日常風景はともかくとして、以下、最近のシリア化学兵器騒動と、そしてイランの核兵器開発騒動のお話をみていてなんとなく考えた適当なお話。

シリアの化学兵器を巡って国外に持ち出して処分する際の受け入れ国が決まらないなか、アメリカが、みずから提供する船の上で化学兵器を処分すると提案していることが関係者への取材で明らかになりました。

OPCW=化学兵器禁止機関はおよそ1300トンに上るシリアの化学兵器を国外に持ち出して第三国で処分する方針を決めていますが、最も有力とみられていたアルバニアが拒否したことなどから受け入れ国が決まっていません。
関係者によりますと29日に開かれたOPCWの理事会で、ウズムジュ事務局長が、アメリカからみずから提供する船の上で化学兵器を処分するという提案があったと報告したことが明らかになりました。

シリアの化学兵器 米が洋上処分を提案 NHKニュース

まぁ最終的に結局アメリカさんが直接に動くことになるのは、それなりに理のかなった=リーズナブルなお話ではあるかなぁと。
――だって、つまり、そもそも化学兵器の禁止によって、世界で最も利益を得ているのはアメリカさんちなのだから。
だからこそ、現状のシリア内戦下において、アサドさんの化学兵器攻撃を結果として看過することになったとき、一部の識者たちから「おい、てめーオバマ何やってるだ!?」とお怒りの声があがったわけです。だってもし仮にそんな風に化学兵器が野放図に利用される世界になったとき、その不利益をもっとも大きく被ることになるのは結局アメリカ自身なのだから。それこそ、アメリカにおける生物兵器廃絶に至る批判の中で最も著名な一つである『メセルソン報告書』を経ての(ベトナム戦争への反省というポーズも含めての)ニクソン大統領による世界初の「特定の兵器を禁止する国際条約」が生まれたこの時代から、こうしたことはアメリカ内外から言われてきたんですよね。
文字通り、そうしたBC兵器が『貧者の核兵器』と呼ばれるのは伊達じゃない。
確かに核兵器があれば、戦略攻撃的抑止力としては十分かもしれない。でも核兵器と生物化学兵器とではその『費用』にものすごく差があるわけで。だから本質的に同じような効果を持っていても、それを均衡させるのではぶっちゃけ全然割に合わないのです。もし核兵器に生物化学兵器で対抗するような世界になってしまうと、それがごく普通に利用されることになってしまうと、戦争が「金の掛かるゲーム」ではなくなることを意味するのです。今も尚世界最大の経済大国であるアメリカにとって、戦争に金が掛かれば掛かるほど自国に有利になるのは自明であります。だからそんなことは、戦争のルールが不利になることは許容できるはずがない。


「戦争というゲームを平等にしてはならない」という超大国アメリカの最も基本的な生存戦略オバマさんはそれを天秤に乗せようとしたのです。だからこそ彼のレッドライン詐欺は批判された。




本題とは微妙にズレますけども、それこそ生物化学兵器が人道的でなく「人類の良心に反するものだ」と宣言するならば、同じくらい核兵器だって、あるいは最近話題の無人兵器だって、それこそ銃だって人道的じゃありませんよね。更に言えば『非致死性』兵器だって人道的かというとそれも怪しい。
そもそも初期のアメリカの生物化学兵器研究が目指していた一つは相手を「敢えて殺さない」ことだったわけで。殺さないから人道的であると、彼らは半ば本気で考えてもいた。核兵器よりも人道的な生物化学兵器。ギャグのようなほんとの話。手加減のきかない核兵器では一発でぶっこわしてしまうけども、非致死性ならばそれで相手国への兵站やリソースの負担増という点でより深いダメージを敵国に与えることもできる。ザ・一石二鳥。
こうした歴史を考えると非致死性兵器っていうのも、まぁ全然人道的だなんてとても言えませんよね。殺さないから人道的なのだ、なんて。じゃあ人道的兵器ってなんだっていうと、多分に正戦論やら哲学的な領域に入ってしまって僕なんかにはさっぱりではありますが。



ともあれ、かくして人道に反するとかではなくて、そんな身も蓋もないアメリカの利己主義によって生まれた生物・化学兵器禁止条約。その是非はともかくとして、ここでアメリカという超大国にとって真に重要なのはそんな条約そのものだけじゃないのです。むしろ、もう一歩先にある条約を裏付ける価値観こそが重要なんですよ。
生物化学兵器は卑怯だ、というカウボーイ的な価値観を現代世界に広めた点こそが現代世界におけるアメリカの勝因の一つであるのです。(コストの安い)生物化学兵器は邪道であり、名誉ある大国の王道としては(金の掛かる)核兵器こそが正解である、というアメリカに都合のいい世界観。そしてだからこそそんな価値観が通じないテロリスト相手にアメリカさんはものすごく苦労しているわけで。
故にその価値観を揺るがす行為は人道的云々と言うよりも、アメリカの最も根元的な国益として守らなければならないと、特にリアリストな人たちからは認識されているのです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39324
その意味で最近話題のイランさんちも、核兵器開発に走り、そして結果として諦めたことは単純に両国が合意したというよりは、間接的にアメリカ的価値観の勝利でもあるんですよね。まさにイランのようなならず者国家の代表ですら、あるいは北朝鮮のような国家ですら、核兵器開発こそが安全保障を究極的に担保する『魔法の杖』であると、ある種の普遍的価値観として認識している。
そしてイランは正しくその核兵器に掛かるコストの負担の重さによって、ついに扉を開けつつある。



化学兵器生物兵器が卑怯で非人道的で、でも核兵器は王道だと考えられている、とってもアメリカに都合のいい現代世界について。まったく国家安全保障とは無縁に生きているミクロで一般人な私たちですら、多かれ少なかれ、そんな価値観の影響は例外ではありませんよね。核兵器という金の掛かる兵器を持つ国こそが偉大である、という見事なルール。


みなさんはいかがお考えでしょうか?