「法律バカ」なアメリカさんちだけの逆鱗スイッチ

それを間に挟んでの不毛な論争。



http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39726
少し前に日本でも話題になった、日中両国によるヴォルテモート役の押しつけ合い騒動などをはじめとする対立する主張の応酬――ぶっちゃけてしまえば「アイツの方が悪者だ!」なんてレベルの口ゲンカについての、エコノミストさんちの身も蓋もないお言葉。まぁ確かに端から見れば不毛なお話ではありますよね。

 また、アフリカは、日本が国際社会の建設的なメンバーであり、中国が示唆するような軍事的な脅威ではないことを立証しようとする安倍首相の取り組みにとっても「有益」かもしれない。日本は既に、国連平和維持活動に参画し、南スーダンに400人の自衛隊員を派遣している。

 日本政府はあらゆる面でアフリカとの関与を継続し、魅力的な代替手段を提供していることを立証すべきだ。イデオロギー的にも商業的にも、中国との競争は避けられない。だが、この競争について声高に叫ばない方がいい。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39726

限りなく傍観者に近いポジションにいるエコノミストさん辺りからすれば、そんな日中の争いをこうして切って捨ててしまうのは、まぁやっぱり理解できなくはありませんけども、しかし当事者たる私たち日本――ついでに相手側の中国にとってそれはかなりの部分で本気やっているわけで。ギャグにしか見えない「ハリー・ポッターのヴォルデモートの闇の力の押し付け合い」は遊びじゃないんですよ。
そもそも、この評論で意図的に無視しているのかそれとも天然で理解していないのかは解りませんけども、一見すると日本にしろ中国にしろ両者がアフリカでの味方を増やそうと自身の正当性を国際社会へ必死に叫んでいながらも、しかし実際にその視線が見つめている先は徹頭徹尾アメリカであるわけですよね。
つまり日本も中国も、どちらもアメリカに「悪いのはあっちですよ!」と訴えかけている。
――だってアメリカという国家にとっての逆鱗というのは、つまり「ルールを破る者」であるわけだから。
故に両者は、アメリカという超大国に一体なにをを訴えかけているのかというと、どちらも「ルールを破っているのはアイツだ」と主張する一方で、自らはそうでないと正当性を誇示している。


アメリカという国家は、その国内的にも『訴訟社会』なんてことがしばしば言われるように、昔から『法律尊重主義』であるわけで。その憲法こそを愛する共和国らしい国家と言えば確かにその通りで、それは国内向けだけでなく、アメリカの外交政策にも影響を与えているのです。
ルール破りの無法者は許せない。そんな奴らをやっつけてやりたいという気持ち――まぁそのルールというのが、たいていの場合、アメリカ自身に都合のいいルールというのがこの場合の笑い話でもあるところなんですけど。
よくアメリカの世界支配という言説を用いる人たちが誤解しているのは、特に第二次大戦以降のアメリカ支配の本質というのはただ単純にかつてあったような帝国のように他国を直接支配しようとしているわけじゃないんですよ。むしろ「アメリカ流のルールを世界に広める」ということであるわけで。アメリカの、アメリカによる、アメリカのためのルール。
それは孤立主義と対をなすアメリカ外交の歴史における、もう一つの一面を象徴する存在でもあります。あのウィルソンさんの言葉に集約されているような「世界の連中にマトモな法律を教えてやるのだ」なんていう、呆れるほど傲慢な態度。こうした性質はヨーロッパの国々でも見られる傾向ではありますが、しかしそれはアメリカという国家では、より一層顕著であるのです。まさにフロンティアを目指した彼らが作り上げたアメリカという人工国家の本質に根ざす価値観。
逆説的なお話ではありますが、アメリカという国はほんとうに『法』というものを重視し不可侵というほどではないにしろ出来る限り配慮すべき存在であると考えているが故に、自分たちに「都合の悪い」国際条約などを私たちの想像以上に忌避するわけで。環境保護国際刑事裁判所などの例などで見られる、単独行動主義的なアメリカの拒否。あれは彼らの傲慢さであると同時に、もしそれに合意したら自分たちも本気で守らなければならない、というクソ真面目さからくる恐怖でもあるんですよね。
それこそ「約束」なんて自分に都合の悪い時には反故にしてしまえばいいから当面だけでも口裏を合わせておけばいい、という考えだってあるはずなのに、しかし彼らはその自らの本能と自身の地位の正当性故にそれが致命的なジレンマであるかのような圧力を感じてしまう。だからこそ安易に妥協しようとしないし、逆にそのルールを生み出すことに異常に情熱を注ぐし、そしてその「一度合意したはずのルールを破る者」を不倶戴天の敵として認識する。
アメリカという国家の逆鱗。
ちなみにアメリカのそんな(自らの手で理想社会を生み出そうとする)法律尊重主義と、(人間の手によらない)神の言葉こそを重視するイスラム世界の伝統的価値観とがぶつかることで、21世紀の現在まるで『文明の衝突』のような決定的な対立を生む最大の要因となっているわけですけども、その辺のお話は長くなるので割愛。



ともあれ、こうした構図を考えると積極的に「中国の無法性」を訴えかける安倍さんの現状のやり方は、まぁそれなりに効果的だとも思うんですよね。それはただ単純に日中両国がお互いを貶めあっているというだけでもではないんですよ。かくして中国が槍玉にあげる靖国参拝を念頭においての「日本人は東京裁判を否定することで、戦後国際秩序に挑戦している」という斜め上の宣伝工作も、対アメリカという観点こそが本筋にとって、それなりに効果的な戦術でもあるのです。だからこそ、別に近隣諸国との関係性がどうこうとかいうではなくて、単純にアメリカの逆鱗に触れる可能性が(そこまで高くにないにしろ)少しでもある以上控えた方がいいとは個人的には思っているんですけど。
ただまぁ少なくとも現状を見れば、東シナ南シナでの空に海にの中国さんちの現状打破主義=火遊びは概ね日本にとって有利な状況にあるというのは間違いないのも事実であるのでしょう。彼らの火遊びは「失望した」というレベルですらない。


日中の論争の先にあるもの。アメリカにどう見られるか、ということこそを争う私たち。まぁ確かにこちらの意味でも、最初に書いたエコノミストさんの評論のように、日中ともにあんまり自慢できるようなお話ではないとも言えるかもしれませんけど。
みなさんはいかがお考えでしょうか?