下位ナショナリズムが勃興する現代世界

世界中で見られる光景の一つではあります。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40597
そもそもウクライナという国家がロシア(あるいはヨーロッパ)などからいい様にされたくないと極当たり前の自主独立を望むということは、入れ子構造のようにウクライナの内部でも同じことが起きるのは必然の帰結ではあったわけで。
人びとの政治意識の目覚め。

 人口45万人の不景気な鉱山都市ルガンスクの住民たちは4月30日、たばこの贈り物を持って建物を守る男たちに近づいた。

 「祝日おめでとう。歴史はあなたたちを忘れないでしょう!」。1階の窓が粉々に壊され、山と積まれた家具でバリケードが築かれた建物を守るマスク姿の狙撃手に早めのメーデーの贈り物を渡しながら、ある老婦人はこう言った。「うまくいくよう願っています!」

 ウクライナオレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行は、過去3日間の出来事を目撃したどんな人の目にも明らかなことを述べた。ウクライナ政府は、東部のルガンスク、ドネツク両州の支配権を分離派に奪われ、キエフの権威はほとんど消え去った、ということだ。

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ほんとうに皮肉なお話ではありますけど、あのキエフの独立広場での騒動は単純に新欧州派というだけでなく「同様に」親露派のそれも目覚めさせた要因でもあるんですよね。この政治意識という新しい力というのは、旧来の不平等や不満が怒りへと結びつき――そしてマクロであろうとミクロであろうと――既存権力の分裂の方向へ向かうことになる。
まぁそうした政治意識の目覚めたばかりの頃は、政治的宗教的な扇動やデマゴギーにひたすら流されやすいわけでもあるんですけど。ウクライナの東部にしても西部にしても熱狂する人びと。


ともあれ、どちらにしてもこうした権力の多様化や分散化が進む中で、より重要視されるのはそれこそ国際関係とそれと同じく、国内においてさえもやっぱりその権力の『正当性』であるわけです。種々雑多な人びとを説得できるだけの根拠。
このFTさんちの記事タイトルである「ウクライナ東部で消え去るキエフの権威」という言葉が意味しているのって、つまりそういうことなわけです。

 ポグケイ大佐によると、ルガンスクの警察部隊は、親欧州派の抗議行動を鎮圧するために2月にキエフに派遣され、その後、新政府が発足すると、分離派の混乱を食い止めるために東部に送り返されてから、士気が低下したという。どちらの場所でも、彼らは「裏切り者」と非難されると大佐は言う。

 「キエフの誰からもこっちに連絡がなかったし、誰も我々を支持しなかった――誰一人として」。建物を奪取する火曜日の試みについて大佐はこう述べた。「ここで罪を犯している人は、キエフの政治家と政府だ」

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ウクライナ東部ではその暫定政府の『正当性』に決定的に疑問がもたれている。現代の国民国家がほとんどどこでも抱える問題。現状のウクライナさんちの騒動というのは、ただロシアとヨーロッパの綱引きというだけでなく、結局は国内的にそうした下位ナショナリズムの扱いに致命的に失敗していることも大きいのではないかと思います。