イスラム世界の「盟主」争奪戦

文明の衝突』への一里塚?


旧イスラム帝国の中心あたりでカリフを叫ぶ - maukitiの日記
ということで前回日記を前振りとしてのISISさんの愉快なカリフ宣言についての適当なお話。

少なくとも短期的には、今回の宣言で決定的になったのはそんなイスラム世界内部における分裂の方なのかなぁと。単にスンニとシーアというだけでなく、そんなイスラム国家の復活を恐れるサウジやエジプトなど世俗的独裁権力者たち、そして大多数の中道派たちとISISのような過激派たち。いやぁイスラム世界はまさに大分裂時代であります。単純に対欧米との戦いでもなく、あるいは民族主義的な戦いでもない。

手段はともかく基本的には目的は同じであるはずの両者、過激派と中道派、果たして一体どちらがイスラム復興の主導権を握るのか?

旧イスラム帝国の中心あたりでカリフを叫ぶ - maukitiの日記

短期的にはこうしたイベントはイスラム世界の分裂を招くことになるかもしれない、では長期的には?
――というと、やっぱりこうした過渡期における分裂は最終的には「統一」の方向へ進む可能性も内包しているんじゃないかとも思うんですよね。つまり、ISISの彼らはそのイスラム世界における盟主の座を僭称――したかはともかく、何はともあれ少なくとも立候補をしてみせた。もし、このまま外部からの介入が無いままであれば、良くも悪くもその内部対立はやがて生存競争のような勝ち抜き戦となっていくのかなぁと。


『9・11』以来言われ続けてきた「イスラム世界=イスラム文明というのは、アメリカなどの欧米文明と衝突するのか?」という『文明の衝突』論について。
ただそれって概ねこれまでは「現状ではありえない」というお話にしかならないんですよね。これはハンチントン先生自身も書かれている点ではありますが、オスマントルコが名実ともに消滅した1924年以来イスラム世界にはそもそも『中核国』というべき存在がなかったわけで。リーダーシップを発揮し同胞に支援と規律を提供し、他文明と対話(戦争)の先頭に立つ国家がイスラム世界に存在しなかった。故に一部で戦うことはあっても、彼らが文明という総体で欧米のそれと敵対するなんてこと自体なかったわけであります。
もちろんサウジやエジプトやトルコなど、中核国たろうと潜在的に目指していた国はいくつもあったものの、それを実現するだけの実力も支持ないままだった。故に大戦後の独立運動の盛り上がりにおいて、その原動力となったのはイスラムではなくむしろ民族主義であり、故に世俗的独裁国家が多く生まれたのでした。まぁそれも中東戦争イスラエルにボコボコにされることで衰退しイスラム復興の萌芽となっていくわけですけど。ちなみにそんなイスラム的政治体制と国力を兼ね備えていたという点で最も近いのは革命後のイランでしたけど、シーア派なので論外でした。
しかし現状は変わりつつある。イスラム復興と反米感情そして原理主義が融合した結果、正しく『中核国家』を目指しイスラム世界の代表を目指す集団が現れた。故にイスラム国家の樹立は昨日の日記でも書いたように「上からの改革を目指す」イスラム過激派たちの悲願でもあるのです。
途方もない夢のようなプロジェクトではあるものの、しかし彼らはまさにアラビアのロレンスが言うように夜ではなく「昼に夢を見ている」。


ただ元々、それこそビンラディンさんのような人たちが期待していたのはタリバン政権時代のアフガニスタンだったんですよね。1996年に世界唯一の「イスラム教国」となったアフガニスタンから、中東全体にドミノのようにイスラムを取り戻していくのだ、なんて。だからこそその構想を(意図していたかは別として)根本からぶっ潰したアメリカ=子ブッシュさんは、彼らからものすごい恨みを買いまくった原因の一つでもあるのです。*1
でもまぁぶっちゃけあの不毛で(イスラム世界にとっても)世界の果てであるアフガニスタンの地にそんな中東を支配するだけの力があったのかというとありそうにない。その意味でいえば、イスラム第二の聖地であるイラクを根拠地にし、ただ軍事力だけでなく石油支配などを進める現状のISISさんたちは少なくともアフガニスタンよりは「まだ」成り上がる見込みはあるのかなぁと。


果たして彼らは勝者となり、イスラム世界のカリフ=中核国たりうるのか?
――ぶっちゃけほぼありえないよね、というのが多くの中東研究者の皆さんの身も蓋もないマジレスなんですが。圧倒的大多数を占めるイスラム中道派たちにはそんな暴力的で急進的なやり方は反米感情からくるアメリカ相手には許容されても、おそらく「同じ」イスラム者相手にやるとなるとハードルはまったく違うでしょうし、周辺国の多数を占めるだろうスンニ派の世俗的独裁者は全力で抵抗するだろうから。
「分散するスンニ派」と「集中するシーア派」どっちがつよいの? - maukitiの日記
先日の日記でも書きましたけど、やっぱりスンニ派の人たちってまさに「カリフ」が居ないからこそ好き勝手にあちらこちらで戦い始めちゃうわけで。実際、ビンラディンさんの成功戦略の一つであるアルカイダはそれをある程度まで結束させていたものの、やっぱりアルカイダ「系列」(ISISもその系譜にある)を大量に生み出した。むしろ今回の件はそうしたスンニ派内部の乱立状態を加速させる可能性もあるんじゃないかと思います。カリフ制度の末期と同じように、イスラム世界のあちこちでカリフの名乗りをあげる分裂状態に。
でももしかしたらISISか別の集団が、ビスマルクさんの小ドイツのように、あるいは私たち日本人も大好きな某織田さんのように勢力乱立の戦国時代から一躍寵児となるかもしれない。


まぁ勝ったら勝ったで、それはまさにハンチントン先生が考えた『文明の衝突』世界にまた一歩近づいてしまうわけですけど。
がんばれイスラム

*1:ちなみに他の要因としては、アフガニスタンが対ソ連勝利などからイスラムにとって象徴的に重要な土地だからでもある。