寒い国から帰ってきた征服

政治的正当性は経済的合理性に優越するか?


征服とは負け組のものです - 今日の覚書、集めてみました
うーん、(少なくとも本業においては中道)リベラルな経済学者らしいクルーグマン先生らしいお話ではあるかなぁと。
個人的には(長期的)経済の視点から見れば言っている事には、概ね同意する所ではあります。侵略戦争経済的利益に見合わない。
――ただ、現代の国際関係論における一つの主張として先日も史上最大の略奪:如何にしてナチスは欧州の金を盗んだか - himaginary’s diaryさんの所で紹介されていたようなナチスドイツの事例*1や、あるいは旧ソ連を挙げて「侵略・征服することで経済的利益が勝った事例」という反対の研究もあったりするんですよね。それはパワーの相対的上昇という意味でもあるし、絶対的上昇という意味でもある。もちろん「例外が理論の正しさを証明する」という言い方もできますし、国際関係におけるリベラルの主流の考え方の一つであることは事実ではあるものの、しかし反論の余地のない無謬の論理と言うわけでもないのは覚えておくべきかないかと。


ともあれ、上記の『戦争と経済的コスト』はともかくとして、ただやっぱりプーチンさんの行動背景についてはちょっと適当なこと言い過ぎかなぁと。

Which brings us to two big questions. First, why did Mr. Putin do something so stupid? Second, why were so many influential people in the United States impressed by and envious of his stupidity?

というわけで、二つの大きな疑問です。
一つ目は、何故プーチン氏はあんな馬鹿なことをやったのか?
二つ目は、何故これほど多くの米国の有力者は彼の愚かさに感銘を受け、それを羨んだのでしょうか?

The answer to the first question is obvious if you think about Mr. Putin's background. Remember, he's an ex-K.G.B. man - which is to say, he spent his formative years as a professional thug. Violence and threats of violence, supplemented with bribery and corruption, are what he knows. And for years he had no incentive to learn anything else: High oil prices made Russia rich, and like everyone who presides over a bubble, he surely convinced himself that he was responsible for his own success. At a guess, he didn't realize until a few days ago that he has no idea how to function in the 21st century.

一つ目の疑問に対する答えはプーチン氏の背景を考えれば明白です。
覚えていますか?
彼は元KGBなのです。
つまり、彼はプロのならず者としてのし上がってきたのです。
暴力と暴力の脅威に賄賂と腐敗をおまけしたものこそ、彼が良く知るものです。
そして何年にも亘って彼にはそれ以外の何物をも学ぶインセンティブを持ちませんでした。
石油価格の高騰はロシアを裕福にし、バブルの時期にリーダーを務める人間らしく、彼は自分こそが自らの成功の理由だと確信したに違いありません。
思うに、彼は数日前まで、自分には21世紀の仕組みが全く分かっていないことを気付いていなかったのでしょう。

征服とは負け組のものです - 今日の覚書、集めてみました

しばしば指摘されているように、むしろ彼の行動――クリミアは一気呵成に併合したが東部ウクライナはそうしなかった――を見ていると、明らかに許容できるだろう経済的損害を計算した上でそれなりに「慎重に」行動もしているんですよね。少なくとも東部ウクライナを直接に抱えることが経済的負担が大きすぎるとして、曖昧な地位のままにした。
その上で、ロシアの中核的利益を守る為にこそ、クリミアでは併合に踏み切った。
経済的には何も得ていないどころかむしろ損失の方が絶対に大きい。ただそれでも、少なくとも地政学の面で見れば、ロシア国境からわずかに余裕をもって鉄のカーテンを再構築できたことは間違いない事実でしょう。まさにプーチン本人が述べるように、ロシア問題を考える上で最重要のテーマでもある「NATO東方拡大」に備える壁として。
この辺は冷戦後に起きたユーゴスラビア紛争から見られた光景であって、つまりロシアの――というだけでなくほとんどすべての国家にとって――本能的として敵軍が自国勢力範囲の近くで行動することを嫌う、わけですよ。故に彼らは安全な距離を確保することを追及する。ここで許せば次はもっと近くで軍事行動をされるかもしれない。まぁその欲求自体は理解できないモノではありませんよね。それこそミクロな個人的振る舞いとしてだって、パーソナルスペースを意識しない人はほとんど居ないわけで。


その意味で、彼の見方はかなり一面的でナイーブだよなぁとも思うんですよね。もちろん経済学的利益も重要だけれども、しかし決してそれだけじゃない。伝統的な国際関係論的なパワーの追及だって同じくらい「まだ」重要なわけで。
『修正主義』なイデオロギーは昨今の日本でも言われる言葉ではありますが、これって多分に両義的なのです。つまり西側の軍事的野心によらない善意からの振る舞い=NATO東方拡大だって、ロシアから見れば『修正主義』に等しいわけで。完全に満足ではないけれども本気で変えたい程不満足でもなかった現状を、相手側が一方的に侵犯している。一方で欧米からすればどう見ても今回のプーチンさんの振る舞いは『修正主義』に等しい。


何故プーチン氏はあんな馬鹿なことをやったのか?
――敵の修正主義に対抗する為に。


それは現在に日中関係でも構図はほとんど同じと言っていい。どちらも相手を修正主義だと批判する不毛な構図。日本に住む自分は基本的に「中国の方が」修正主義的だと思っていますけども、しかし中国から見ればそんな日本の振る舞いが将来的に修正主義に結びつかないと100%信用できないのは理解できるお話でもあります。
欧米側は自分の性質の善意の絶対性を確信しているけれども、しかし、ロシアの側はそこまで無邪気に欧米の論理を信じることができないから。プレイヤー間の、致命的な信頼性の欠如。


政治的正当性は経済的合理性に優越するか?
プーチンさんはすると考えたのでしょうね。そしておそらくそれは彼が単にKGB出身だったからだけではなく、そう考える人は少なくない。
故に例え経済的に負け組であろうと、政治的正当性が担保する『征服』はなくならなかった。

*1:有名どころでは『Does Conquest Pay?』