(欧州連合における事実上の)大会使用禁止カードを堂々と使って見せたチプラスさん

「あれあれー? 僕の意見に反対するという事は、つまりギリシャ国民の意見を無視するという事になるんですが、それでもいいのかなー? ギリシャの国家主権はどうなっちゃうのかなー?」




ギリシャ国民投票 チプラス首相が勝利宣言 NHKニュース
ということでギリシャさんちで投票結果が出たそうで。以下、緊縮政策の是非というよりは、ここでギリシャ国民投票をやったことの余波、についての適当なお話。

5日に投票が行われたギリシャ国民投票は、EUなどが金融支援の条件としている財政緊縮策を受け入れるかどうかを問うもので、開票率93.1%で、緊縮策の受け入れに「反対」が61.29%、「賛成」が38.71%と反対が賛成を大きく上回りました。
チプラス首相はテレビで演説し、「民主主義が勝利した」として勝利を宣言したうえで「ギリシャ国民は、ヨーロッパと、持続可能な支援策を交渉する力を与えてくれた」と述べて、今回の国民投票で示された民意を後ろだてにEU側と金融支援を巡る協議に臨みたい考えを示しました。

ギリシャ国民投票 チプラス首相が勝利宣言 NHKニュース

そらそうなるよね。世論調査なんかを見るともっと均衡していたのに、思ったより差がついたなぁという印象。
でもまぁ確かに『民意』の正しい使い方ではあるんですよね。国際関係な対外関係において、交渉を担当する政治指導者の発言力を担保するのは、単純に軍事力や経済力といったハードパワーだけでなく、やっぱりその政治家の「国内における」政治基盤の安定性=支持率でもあるわけですよ。その一国の政治指導者たる彼や彼女が言う言葉のバックには、その国民の支持があることの意味。だからこそ発言には重みが出るし、逆に政権基盤が弱い政治指導者の発言は概ね軽んじられる。所謂レームダックな政治家が外交でも成果を残せなくなるのも当然ですよね。どうせすぐに「居なくなる」人物の話なんて誰が聞くんだっていう。
かくして、まさにチプラスさんは『国民投票』という修行を経てよりハードネゴシエイターな交渉人として返ってきた。身も蓋もなくギリシャ国民の民意を後ろ盾にして。まるで本邦のドラゴンボール伝統なパワーインフレ漫画を見ているよう。むしろこの場合修行をして聖闘士になって帰ってきた感。


しかし、ここで大問題なのは、このやり方って身も蓋もなく強力すぎて欧州連合では事実上使用禁止になっているんですよね。大前提として身内同士なのだからと、そんな血も涙もないガチガチな国家間パワーゲームをしたらまとまるモノもまとまらなくなってしまうから。ちなみに話はズレますけども、昨今の日韓関係もこうした変化が起こりつつあるのだと思っています。


ギリシャ国民投票「EU少数独裁政治」への勝利=仏極右政党党首 Reuters
ともあれ話を戻して、もちろん上記のようにギリシャから見てドイツを筆頭とする少数支配に反対する声なのは確かにそうでしょう。ただ同時に、今のギリシャの振る舞いもまた同じく特に全会一致な総意を重視する民主主義政治でしばしば見られる、少数派による支配とも言えるわけで。その意味で言えば、この決定に(まさに欧州連合を誰より愛している)ドイツなんかが危惧しているのも理解できるんですよね。
一般に全会一致が条件というのは、有利な条件を引き出せるのは少数派の方であります。だって多数派の99人が賛成しようが、少数派の1人の反対ですべてを覆せるから。故に少数派であればあるほど、集団が小さくしがらみのない彼らの票を、最後の最後で無視できなくなる。その反対を辞さない少数派こそが、すべてを握る構図。
つまり、このギリシャ振る舞いもまた、ある種の少数独裁でもあるわけですよ。(その成立由来から)全てではないにしろ多くの議題で全会一致を採らざるをえないユーロひいては欧州連合にとって、こうしたやり方はまぁ危険を孕むシロモノであることは上記を考えればすぐに理解できるでしょう。交渉の最後の段階で、よりよって『民意』を盾にして、テーブルをひっくり返そうとするギリシャ。もちろんそれがギリシャにとって決して譲れない一線で、更に言えば緊縮策が間違っている、というのも概ね正しい指摘ではあるのでしょう。
――しかし、それでも、こうしたギリシャの手法を認めるという事は、今後の欧州連合の運営に間違いなく致命的な前例を作ることになる。だってこれまでずっと懸念され封印されてきた、他の加盟国すべてが賛成していてもただ一国が何もかもひっくり返せる事実を、証明してしまいかねないから。


ここで悪魔的に狡猾なのは、『世論』を背景に反対することで、その行動責任=欧州連帯の破壊に対する大義名分を政治家本人の口ではなく、国民の『民意』という形で迂回できてしまう点にあるわけですよ。
国家主権の扱いについて常に細心の所でバランスを採っている彼らにとって、他の構成国はその一国の政治家による行為を国民世論に結び付けられては、交渉をひっくり返すことに大きな声で批判することすら封印されてしまう。
こうなるともう欧州側の彼らは「尊重する」以外に何も言えなくなってしまう。


つまりチプラスさんのやった国民投票は、欧州連合内ではバランスブレイカーな強力なカードでもあるわけですよ。発言力の強化というだけでなく、相手の反論を躊躇わせる手法として。選挙公約程度ならばともかく、強力すぎて欧州連合そのものにダメージを与えかねないからと、公式大会では事実上使用禁止されているほどであります。
これまでユーロ導入や欧州憲法批准など、手順と保険を定めた上で細心の注意を払って必要最低限の『国民投票』を乗り越えてきた(それですら失敗もあった)欧州連合中枢の彼らにとって、このギリシャ国民投票を勝手に行うことによる発言力の強化と反論を封殺しようとする行為は、また別の意味での少数派の独裁という風に見えてしまう。そりゃギリシャ国民投票そのものに反対していたのも当然ですよね。
『政治的正当性』をめぐる不毛なゼロサムゲーム - maukitiの日記
欧州連合という一大政治プロジェクトが抱え続ける『原罪』 - maukitiの日記
欧州連合が抱え続けてきた原罪である『民主主義の赤字』。
もちろんこれまでずっとそうだったことは間違いないんですが、この行為はこれまで欧州連合が曖昧にして回避してきた国家主権の範囲問題を、これ以上ないほどあきらかにしてしまいつつある。政治的正当性をめぐる不毛なゼロサムゲーム。



「あれあれー? 僕の意見に反対するという事は、つまりギリシャ国民の意見を無視するという事になるんですが、それでもいいのかなー? ギリシャの国家主権はどうなっちゃうのかなー?」
国家主権を盾にして交渉を有利に進めようとする人たち。集団そのものを瓦解させかねないほどのに効果的過ぎる故に使用禁止となったカード。


故にもしこれを他の国までもが一斉に使いはじめたらもうユーロどころか欧州連合自体おしまいでしょう。国民世論をあからさまにされては、下手に反対するという事が、外国がその国の主権に「直接」口を出すということと明示的なイコールになってしまうから。我が国の国民が納得しない、まぁ正論ではあるんですが、欧州連合のような共同体でそれを言ったらおしまいなんですよ。容易に風向きの変わる世論を背景にすれば何でも反対できてしまう。だからこそ彼らは国民投票の扱いに、これまで細心の注意を払ってきたのにね。
――そして、反欧州連合な政権が生まれるという恐怖とは、そういうこともである。
おそらく、このただの交渉上の反論が国家主権への挑戦にもなる、という構図に変質するのを解っていて大会使用禁止カードを切り札に使って見せたチプラスさん。


いやぁこれからユーロと欧州連合はどうなっちゃうんでしょうかね?
無責任に端から見ている分にはwktkが止まりません。今後もまだまだギリシャネタ――ひいては欧州連合ネタで日記を書いていけそうでありがとうございます。
がんばれギリシャ