かの地に居る人たちはわざわいか?

私たちにも身に覚えのありまくる問題「先送り」による失敗の典型例。


ベルギーのイスラム過激派のルーツ 安価な労働力を望み、文化的な影響に備えなかったツケ | JBpress(日本ビジネスプレス)
ルーツ、ですって。

 ベルギーは移民の安価な労働力を欲しがったものの、その文化的な影響については全く用意ができていなかった。

 ベルギー当局は長い間、新しい移民とその宗教的な態度に自由放任主義のアプローチを取った。言語、教育システム、雇用などを通じたベルギーでの生活への統合は重視されなかった。1990年代にアルジェリアでの内戦が刺激になってイスラム過激派的な感情が高まった後でも、その姿勢に変わりはなかった。

 ベルギー国民は今、その安穏とした態度が自国のみならず、本部が置かれていることを非常に誇りに思っているEUの敵をも育ててしまったことを認識している。

ベルギーのイスラム過激派のルーツ 安価な労働力を望み、文化的な影響に備えなかったツケ | JBpress(日本ビジネスプレス)

身も蓋もないことを言えば、そのルーツとは結局のところ長年欧州の人たちが言葉巧みに「否認してきた」ことこそが、元凶ですよね。
そうしたヨーロッパの伝統的責任転嫁手段というのが「イスラエルパレスチナ政策が!」とか「アメリカの中東政策が!」と言ってきたことの帰結が、まさに今のご覧の有様だっていうのにはホント笑うしかない愉快なお話ではあるんですけど。
イスラム系住民の膨れ上がる不満を押しとどめる為に万能薬としての「金」などのリソースを投入しておけばまだ先延ばしできていたかもしれない。ところがそうした金額を支出すること自体が問題の存在を認めることになるし、ヨーロッパの彼らにとって重要(成果を誇示できるか)なのは、むしろ足元の問題ではなく欧州連合の拡大と統合推進の問題の方がずっと大事だった。
地元のイスラム社会のことなんて知ったこっちゃない。
多文化主義は人種差別主義者たちの最後の砦 - maukitiの日記
「多文化主義が人種差別主義者の隠れ蓑使われていた」のはいつからだったのか問題 - maukitiの日記
上記日記でも書いたように、実際そうした問題に目を向ける善意ある人たちの声自体は90年代初頭から既に言われていたものの、しかしやっぱり放置され続けてきた。だからやっぱりそのルーツってヨーロッパの「否認」でしかないと思うんですよね。
――ただまぁでも彼らがそうしてしまった気持ちは解らなくはないんですよ。
そもそも元来あったヨーロッパ内にあるキリスト教文化と世俗文化の緊張、そこに「加えて」イスラムの問題が同時に起こってしまうから。従来ですらどうにかこうにか苦労しつつ政教分離を維持していたところに、新たな要因=イスラムが加わることで更なる混沌が生まれることは目に見えていたわけで。
かくしてベルギーなどのヨーロッパ社会では、孤立し溶け込めないイスラム住民の問題は、問題自体無いことにされてきた。いやぁ私たちにも身に覚えのありまくる「先送り」の典型例ですよね。どこもかしこもそんなもんだよと自分を慰めるネタにはなるかもしれない。


現地イスラム社会の不満が一線を超えた時、満を持してイスラム過激派が吹き鳴らすラッパによって自身の足元が崩れつつある人たち。
がんばれヨーロッパ。