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すごーい! きみたちは制約が無ければ同族相手に何でもできてしまう『殺人ザル』なフレンズなんだね!

ひと皮むけば『殺人ザル』でしかない私たちヒト。


IS、モスルで子どもや障害者に自爆車両の運転強要か 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
人類は悪い文明。

【2月24日 AFP】イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」からのイラク北部モスル(Mosul)の奪還作戦をめぐり、米主導の有志連合の幹部は、IS側が爆発物を積んだトラックに子どもや障害者を押し込んで運転させ、イラク治安部隊に突入させていると明らかにした。有志連合側はこの野蛮な戦術について、IS側が敗北は不可避と考えていることを示す兆候とみている。

IS、モスルで子どもや障害者に自爆車両の運転強要か 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

優勢な時にはともかく、しかし劣勢となると色々と「本性」が出てしまうのはとっても人間らしい振る舞いではあるかなぁと。ただ別にその残虐さはなにも『イスラム国』特有のモノというわけでは絶対にありませんよね。むしろ普遍的性質とすら言っていいかもしれない。その野蛮さは、現在はともかくとしても、それは私たちの祖先誰もが通って来た道でもある。
ポール・シーブライト先生が言う所の『殺人ザル』でしかない私たち。

「親族でない者の組織的な殺害は、そのような行為に対する制度的な抑制がない場合、人類にはよくあることなので、恐ろしいことではあるが、特別なこと、病的なこと、あるいは精神異常によることとして説明はできない」

もちろん私たちはそうした自然状態からどうにかして脱却し、他者との信頼関係を生むことで他の動物にはない経済社会を発達させたわけですけれども、しかしかといって過去の生活を完全に忘れ去ったわけでもない。
ある種の極限状態、または抑止制度に対する尊重精神が失われると、途端に野蛮な『殺人ザル』としての本能が顔を出すことになる。


現代における大量破壊兵器であるABC兵器禁止や捕虜の扱いといった戦争についての諸国際ルール、あるいは中世ヨーロッパにおける教会によるクロスボウ禁止のお話なんかも有名ですけど、過剰な破壊を生まないようにした抑止制度の存在が意味しているのは単純に私たち人類の『叡智』というだけでなく、むしろ人類が持つ剥き出しの野性・残虐さの逆証明でもあるんですよね。
――そうした制約がなければ私たち人類は、どこまでも「敵」に対し残虐になれてしまう。
もし本当に生来的に平和と調和を愛する存在であればそもそもそんな制度すら必要ないはずなのにね。しかし悲しいかな私たちは、お互いに越えてはいけないラインについてどうにか合意しておかないと、ギリギリの所で踏みとどまることができない。
なぜ彼らは炎上(爆破)芸に走るの? - maukitiの日記
この辺は以前も少し書いたネタではあるんですが、でもそうした「ライン」自体がある意味で彼らの憎む「(欧米世界の主導による)既存秩序」でもあるわけで。故に彼らは敢えてそうした制度を軽視しようとする。
彼らの野蛮さを私たちが見るとき、それはなにも特別なこと、病的なこと、あるいは精神異常によるのではなく、むしろ人類の本性がそこにあるのでしょう。そうならない為にこそ、私たちは自然状態にはない文明人としての一線を守ろうとする。
でもそんな文明人然な態度って、植民地時代にあった(進んだ)宗主国が(遅れた)現地植民世界を見る目と紙一重だったりするんですよねぇ。ついでいうと今の意識高いリベラルな人たちが土着保守な人たちを上から見る目とも。まさに『イスラム国』のような人たちの怒りの少なくともある部分はそうした反発からきているわけだし。


自身の奥底に眠る野蛮さを否定するためにも、我々は彼らを「野蛮人だ」と笑い否定しなければならない。しかしそうした「アレとは違うのだ」という態度こそがまた彼らとの断絶を生む。


けものもいるしのけものもいるし、挙句に「けだもの」もまだまだ居る21世紀の人類世界。
ヒトってすごーい!