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反原発が「同じ穴の狢」に堕ちるとき

悪魔を憎むとき、その者もまた悪魔になるのだ




震災から7年たっても福島を「差別させる」のは誰か WEDGE Infinity(ウェッジ)
重いお話。

 福島の食品の安全性に関しても、他県と全く変わらないのが現実です。日本は食品中の放射性物質に対する基準値が世界的にも非常に厳しく設定されており(日本100Bq(ベクレル)/kg、米国1200Bq/kg)、福島県産の食品はもちろんこの基準をクリアして出荷されています。ちなみに、これまで福島県産の食品から放射性物質が検出されることすら、ほとんどありません。しかし、多くのマスメディアではこうしたポジティブな福島のニュースは、ほとんど扱われてきませんでした。こうした検査の存在自体、ほとんど知られていないとの調査結果もあります。

 また、冒頭の三菱総合研究所調査では半数近くの方が「放射線によって次世代以降の人への健康被害が起こる」という誤った認識を持っていました。これは、差別にも直結する深刻な誤解です。

 「放射線被曝による健康被害が次世代の人間に遺伝することはない」ということは、福島での東電福島第一原発事故どころか、70年以上昔の原爆による被害影響の調査からとっくに明らかになっています。

 これらが示しているのは、多くのデマやフェイクニュースが飛び交った以上、それを放置することは、誤解や偏見を沈着させたままの形で風化し、差別の温床となる、という重い事実です。

震災から7年たっても福島を「差別させる」のは誰か WEDGE Infinity(ウェッジ)

「差別させる」というよりは、まぁひたすら当時の扇動が温存され続けているだけ、というのがまた救えないお話。善人たちが何もしないからデマがはびこるのだ、と言われると(そうしたデマを信じていないという意味では)善人の僕も同罪なのでしょう。
でも、上記にもある「被爆遺伝」のような独特すぎる世界観をお持ちの方々と話すのってひたすら徒労ばかりだし仕方ないよね。少なくとも僕はリアルでそういう人に出会ってしまったら、脳内で「あっ、この人少し独特の世界観をお持ちの方だ(画像略)」と他愛のない会話で逃走を図ってしまいます。


しかしトクメー万歳なネットのブログ日記ではもうちょっとだけ強気に出ることができるので、そんな独特過ぎる世界観を持つ人たちについて、以下個人的で適当なお話。





手段にしかならなかった「フクシマ救済」 - maukitiの日記
上記日記でも書いたお話ではありますが、こうした人たちが災害当初に、過激な言葉で、いや少しばかり過激すぎる言葉で、ぶっちゃるとめちゃくちゃ過激な言葉で、フクシマの破滅予想を謳ったこと自体は理解できるんですよ。だって被害が劇的であればあるほど、比例して自分たちの政治的主張の正当性が担保されるから。
善悪はともかく、それはまったく自然な論理の帰結。
だからフクシマ一帯が百年人の住めない土地になった方がインパクトは大きいし、土地由来を食物を口にしたらヒバクした方がインパクトは大きいし、ヒバクが遺伝した方がインパクトは大きいし、東京にまで死の灰が降った方がインパクトは大きい。容易に収束しない方が都合がいい、というのは単純な算数の問題ですらあります。一人が死んでしまった失態よりも、十人が、百人が、一万人が死んだ方ずっと訴求力は強くなる。
彼らは真摯に言葉を尽くして――デマやフェイクニュースすら辞さない覚悟で――悲劇を演出しようとした。
物事に劇的な治療法を求める人びとが口にする、都合のいい(被害)現状分析と扇動。


ヨーゼフ・ヨッフェ先生がアメリカ社会でしばしば流行する衰退論について似たようなことを書いていましたけども、そんな風に過激な未来を暗示させる言説を使うのは、実際まぁ私たち人間社会にとって効果的ではあるんですよね

そのメッセージには魔法のような効果がある。なぜなら破滅は、聖書と政治のどちらにおいても、輝ける側面すなわち救いと表裏一体だからだ。暗闇は夜明けへの序曲なのだ。

賢い終末論者たち。闇が深ければ深いほど、その後の救いをもたらすことへの障害は少なくなる。彼らは破滅の「先」を見ているからこそ強い言葉を使う。




この構図において、悲劇的で、面白く、そしてひたすら皮肉なのは、彼らが訴えていたはずの「原発事故の後遺症」と、彼らがやった「デマがもたらした後遺症」が現状の現地への苦難という視点で見ると非常に相似した構図にあることでしょう。両者はどちらもこの土地に、目には見えない、長く残る傷を残し苛み続けている。
安定した電源確保を目指した果ての、原発事故。
原発政策の不備を正そうとした果ての、差別偏見の温存。
どちらも良かれと思ってやったはずの行為の、その顛末は同じ結果をもたらした。


放射能だけでなく、偏見差別という後遺症がまでが残された福島。踏んだり蹴ったりというしかない。

 また、そもそも「問題が解決されない方が、福島が不幸であり続ける方がメリットになる」人の存在もあるのです。

震災から7年たっても福島を「差別させる」のは誰か WEDGE Infinity(ウェッジ)

でも仕方ないよね。だってより被害が大きい方がその後の政治的運動に適ったんだもん。そうして残された差別や偏見を是正するよりも温存された方が、自身の政治的正当性を担保してくれるのに一役買うんだもん。
挙句「その後」の後始末については沈黙する。沈黙するならまだマシで「そんなモノは無い」「当然の報いだ」という顔さえする。彼らが主張するように過去の原発政策に瑕疵があったのはまったく否定できないものの、でも災害当初から始まった差別や偏見の助長だって似たようなモノでしょう。決して償いきれないといえ一応は補償を申し出た東電よりもひどい、やり逃げの極致ですらある。


悪魔を憎む者が、自身もよく似た悪魔になってしまった。


現代の寓話かな?