『イランの春』で産声をあげた憎悪

シャー独裁の方がマシだったとかいうと左右から怒られそうだよねぇ。



なぜイスラエルとイランはシリアで戦っているのか 800字で解説 - BBCニュース
「なぜか?」と聞かれたら、まぁ概ねイランが民主化したせいですよね。

イスラエルとイランはなぜ敵対しているのか
1979年にイラン革命が起こり、イスラム教強硬派が権力を掌握して以来、イランの指導者はイスラエルの排除を訴えてきた。イランはイスラエルのことを、イスラム教支配地域を違法に占拠する者と位置づけ、同国の存在権を否定している。

なぜイスラエルとイランはシリアで戦っているのか 800字で解説 - BBCニュース

冒頭でオチてた。イラン国民たちのすばらしき民意。


そもそも、カータードクトリン以来の「中東だいすきアメリカ」がまず印象の第一にある現代の私たちではありますが、それ以前の中東におけるアメリカの最も親密なパートナーといえばまさにこのシャー時代のイランでした。今のサウジと同じかそれ以上に「イランが望むなら(無論核兵器なんかを除いて)どんな武器でも輸出する」とキッシンジャー先生が言っていた程度には。
ニクソンキッシンジャー)・ドクトリンに沿っていた『世界の警察』以前のアメリカにとって、中東の平和はその秩序維持の外注先であったイランにかかっていました。イギリスが撤退したものの、ベトナムで自信を喪失したままの弱気なアメリカは当然直接乗り出す気はなく、現地の西側権益の守護者として期待されていたイランにこそ。
ところがぎっちょん、予想していなかった形でイラン革命が起きシャーの独裁政権は崩壊し、挙句におまけとばかりにアメリカ大使館も占拠されてしまう。かくして西洋主義者だった皇帝に抑圧されていた、反米とイスラエル死すべしという人びとの声は市民権を得ることになる。といっても別に人びとの民族・ナショナリズムの盛り上がりが、危ういバランスの上に成り立っていた地域平和を崩壊させるのは本場たるヨーロッパの『春』でもあった光景ではあるし、ついでに私たち日本の顛末も概ね似たようなモノなので、殊更中東の人たちだけが暴力的で攻撃的なわけでは絶対にないでしょう。


どちらにしても、民主主義革命でもあったイラン革命は、アメリカの中東戦略を劇的に変換させる。アメリカの悪夢。イランという重要な同盟国が突如消失することで、皮肉にもアメリカはペルシャ湾岸の重要性を再考せざるをえない現実に直面した。加えてソ連アフガニスタン侵攻も重なって、ついに有名なカーター・ドクトリンへと至るのです。

ペルシャ湾地域を管理下に置こうとする外部からの試みは、アメリカの死活的に重要な利害に対する攻撃とみなされ、そのような攻撃に対しては軍事力を含むすべて手段によって報復されるだろう。

21世紀の初めには最も多忙になるアメリカ中央軍は影も形もなく、中東戦略とはイランに丸投げすることであった当時のアメリカにとってそこは太平洋地域とヨーロッパの辺境でしかなった。ほとんど中東に直接には関与してこなかったそんなアメリカを、中東という泥沼に直接に引きずり込む原因の一つとなった。
ちなみに革命以前のイランは、後にそのポジションに立つことになるサウジよりもずっと「安定した」独裁国家だとも考えられていたんですよね。であるからこそアメリカはイランをより支援していた。ベドウィン族の支配が難しいサウジは近い将来崩壊するだろう、なんて。今も昔もアメリカに見る目はないだろうというと身も蓋もありませんけど。
いやぁ歴史って面白いよね。


こう見ると先日書いたいまふたたび『独裁制と二重基準』の時代? - maukitiの日記ジーン・カークパトリックさんの懸念も理解できますよね。下手にイランの独裁者に圧力を掛けたものだから、アメリカの世界戦略の一部が根底から崩壊してしまった。安易な民主化要求と(対共産主義)世界戦略はコンフリクトする。
こうしたあまりにも典型的なジレンマに直面したネオコンは、自身の存在意義について現代にまで至る根本的な疑問を抱えることになるのです。つまり、民主主義普及を優先するのか、それともライバル=共産主義陣営との戦いを優先するのか? 彼らの思いは20年後にイラクで結実する。


ともあれ、かくして愚かで無能な独裁者を倒し、紆余曲折ありながらもイラクを通りシリアにまで至るシーア派回廊=勢力圏を完成させつつあるイラン。周囲には敵が一杯いたはずなのに、イランはついにイスラエルの目前にまでやってきた。素直にこの勃興には感心してしまいます。ペルシャ文明の後継者として自尊心の強いイランからすれば当然かもしれませんけど。


イランがサウジのように独裁制のままだったらこうはならなかったかもしれない。ほんとうに民主化ってクソやな!
みなさんはいかがお考えでしょうか?