「だれでもできる!」印象操作の初歩

あるいは中立幻想の限界。


NHK「仮面ライダー出演の...」テレ朝「大河俳優に...」 容疑者紹介に両局の思惑? : J-CASTニュース
前回の通常日記に載せ忘れてたので少しだけ。

NHK仮面ライダー逮捕 テレ朝は大河俳優逮捕、とバトルが繰り広げられている」
「大河に出演と書かないNHK vs仮面ライダーに出演と書かないテレビ朝日

NHK「仮面ライダー出演の...」テレ朝「大河俳優に...」 容疑者紹介に両局の思惑? : J-CASTニュー

「レッテル貼り」「印象操作」としてはこれ以上ないほど解りやすくて面白く、ある意味で典型的とも言える事例だよね。どちらも間違っているわけではないから決してウソではないのがまたこの手法のいい所でもある。自身の利益を追求すべき私企業としては当然の振る舞いではあるし、むしろそうしない方が背任ですらあるかもしれない。
(放送する側にとって都合のいい)経歴を切り取って見出しに使おう!
でもそうするのって中立を謳っているメディアとして、加えてNHKの場合「国営放送」としてどうなの、って感じはあります。


報道する人たちはこうした解りやすいレッテルを避けては通れない。だってそうした単純化されたニュースの方が耳目を引きやすいんだもん。その為に短い言葉であればあるほどいい。そして短い言葉とは、まさに今回のように、つまり情報が取捨選択された言葉でもある。
「大河」か「ライダー」か、ある俳優の不祥事を報道するとき一体どちらを使用するのか?
一方は「大河」を不必要な情報として切り捨て、もう一方は同じく不必要だとして「ライダー」という情報を切り捨てた。
まぁそこで両方使うのも一つの解決方法ではありますけども、それすらもどちらを「先」に書くかで与える印象の度合いは変わってしまうわけだし。今回の愉快な件が証明しているのって何も彼らの健気な責任回避っぷりではなくて、むしろやっぱり「中立」を下手に謳ってしまうことの限界が見えるお話だよなぁと。どちらも自分に都合のいい文脈を用意しそれを報道している。中立()。



といっても少なくとも今回の件だけならば、まぁ概ね笑って終わるお話ではあります。あるいは今大絶賛炎上中の日大の危険タックルネタのように、最早趨勢は明らかであれば。
しかしこうした手法がより微妙な文脈が求められる政治報道でも使われるとなるとあんまり笑えない。アメリカでは既に深刻な社会分断としてあり本邦でも同じく「左右から」偏向性が語られているように、政治家や政策について報道するときもしこれと同じ手法が使われていたら……? いやまぁわざわざ某椿事件を言うまでもなく実際使われているんですけど。
「The medium is the message」だから仕方ないよね(二回目


こうどなじょうほうせんについて。
みなさんはいかがお考えでしょうか?