ポチョムキン村はどこに消えた?

「もし世界に国境がなかったら……」のオチ



独 難民規制強化にオーストリア「追随」 ドミノ現象に懸念 | NHKニュース
ということで結局追い返す方針になったそうで。

ドイツのメルケル首相が、難民や移民の入国を抑制するため国境管理をより厳しくする方針を打ち出したことをめぐり、オーストリアのクルツ首相はドイツと同様にイタリアとの国境の管理を強化する考えを明らかにしました。

メルケル首相は3日、難民の受け入れをめぐる政権内の対立を解消するため、イタリアなどからオーストリアを経由してドイツに入国しようとする難民や移民をオーストリアに送り返したいとする方針を明らかにしました。

独 難民規制強化にオーストリア「追随」 ドミノ現象に懸念 | NHKニュース

いやぁここまで来るのに回り道しちゃったよね。でも仕方ない、凡人たる私たちは経験からしか学べないのだから。
――と言いつつ実際には『知性』という意味ではヨーロッパでも最も上澄みの層を集めたはずの彼らがなんでこんなことになっちゃったのかはやっぱりよく解らないよね。これこそ反知性主義の勝利というべきか。
でもこうした『集団錯覚』という構図は昔からヨーロッパあるあるでもあって、それこそ19世紀前半には共産主義を最も熱烈に支持したのが彼らヨーロッパ人でもあったわけでしょう。1920年代に喜々としてソ連を訪問した人たち。何で21世紀の彼らも同様に無制限移民受け入れのような話を支持したのかという疑問に答えるなら、「ポチョムキン村を見たから」とまたもや説明することになりそう。
きっと知識人たる彼らは元々の現地住民とニューカマーな移民たちが、手と手と取り合って新しい社会(『要出典』)を作り上げていくすばらしい現実を見ていたのだろうなぁ。


ともあれ、昨今では特に騒がれているこの問題ではありますけども、実際にはその端緒は既に2004年のEU東方拡大から始まっていたわけですよね。当時でも、原加盟国と新しく加盟した国家たちの間には貧富という意味では決定的(1.5~2倍)な所得差があり、貧しい国から移民が殺到した。そして案の定というべきか一部で、反EUに人種差別に外国人嫌悪感情が盛り上がった。まぁ上記賢き人たちはポチョムキン村しか見えていなかったんですけど。
イギリス離脱の議論でも、中東アフリカ系移民ではなく「実際には」中東欧の移民が圧倒的に多い(故にその怒りは不当である)と指摘されていましたけども、まさにそれこそが問題の元凶というか始まりでもあったわけで。EECの創設時でも1973年の拡大でも起きなかったそれは、加盟国を広げていく過程で許容できる貧富と文化の差異がどこかで閾値を越えてしまった。受け入れ側に強い違和感を生むようになってしまった移民の増加は、やがて破綻を迎えることになった。
まぁ中欧南欧東欧への拡大で同じことが起き始めていたんだから、中東アフリカへと門戸を広げてしまった時点でこうならないはずがなかったよね。
私たちは「もし世界に国境がなかったら」チャンスと富を求めて豊かな国へと移住する。そしてその受け入れる側の難易度は、こちらも当たり前ながら元々やってきた社会との相対的な差異によって決まる。近い所・似た所からやってきた人たちならばやっていけたそれは、やがてまったくの異邦人がやってくると破綻した。
今のEUの苦境において表向き語られてこなかったのが、このキリスト教世界圏以外からやってきた人たちの扱いでもあるわけで。


移民が増えることによる、住宅や公共交通機関の混雑、文化的差異による住民摩擦、財政負担の増加、雇用の競争激化。


もちろん移民受け入れに利益があることも間違いない。しかしだからといってそのメリットとデメリットが相殺されて消えてなくなるわけでは絶対にない以上、両者をただ比較して議論することって結局無意味でしょう。問題はそのデメリットをいかに政治として解決するかという話でしかないのだから。これまでのようにポチョムキン村を例に挙げて、足らぬ足らぬはガマンが足りぬとだけ言い続けてもいいですけど。
かくして解決策が見いだせなかったイギリスは離脱した。


イギリスが居なくなっても問題が消えたわけではない。大陸に残されたEUの人びとは一体このデメリットの解消をするためにどうするべきなのか?


ちなみに、ここに至るまで彼らが止まるに止まれなかった理由も解らなくはないんですよね。だってそれはEUという理念の根幹ともいうべき『ローマ条約』に明記されているから。ブルガリアルーマニア加盟の時のように一時的制限はできても、しかしその大きな流れを変えることはできなかった。
ヒトの移動の自由。
ここを変えるということはこれまでEUEUとしてやってきた根本的な方向転換を迫られることになる。シェンゲンが問われているということは、これまで信じてやってきたEUの存在意義が問われていることと同義なんですよね。それは最終目標が変更されるのと同義なのだから。


まさに今回のニュースにある国境個別管理の強化って、そうした変更そのものでしょう。EUは一つの統合体となるはずだったのに。移動は自由だったはずなのに。
しかし悲しいかなヨーロッパの世論は、まさにその願いこそが多数派になりつつある。
「国境管理を厳とせよ!」
トランプさんが海の向こうで手を叩いて喜んでそう。


がんばれヨーロッパ。