テロリストは同じ顔をしている

イスラム「だけ」が危険なわけでは絶対にない。


ニュージーランド銃撃の容疑者、出廷 - BBCニュース
良くも悪くも普通のテロには慣れてきたはずの私たちにも刺さる大ニュースに。

銃撃開始前には、「ブレントン・タラント」を名乗るオーストラリア人の白人男性が、攻撃を2年前から計画していたとする長文の犯行声明をフェイスブックに掲載していた。声明は激しい反イスラム感情や白人至上主義、移民排斥感情をむきだしにしていた。

男は、2017年に欧州を訪れて目にした状況に怒りを覚えたため、今回の銃撃を計画し始めたと書いている。犯行声明の題名は「The Great Replacement(偉大なる置き換え)」で、フランス発のこの表現は欧州で移民排斥過激主義者の合言葉になっている。こうした表現を使う排斥主義者たちの主張は主に、「欧州人」とその文化が移民流入で「置き換え」られており、各国の移民受け入れ政策は「白人虐殺」だというもので、イスラム教徒が主な恐怖や排斥の対象になっている。

犯行声明の中で男は、イスラム過激勢力「イスラム国」の支持者がスウェーデンで行ったトラック攻撃や、フランスで穏健派のエマニュエル・マクロン氏が大統領に当選したこと、フランスの人種多様性などを強く非難している。

ニュージーランド銃撃の容疑者、出廷 - BBCニュース

本人が意図しているのか、あるいはそれとも狙っているのか、アルカイダなんかの過激イスラムな人たちが言っていることのほとんどそのまま鏡像ですよねこれって。さすが現地ヨーロッパで勉強してきただけある。よりソフトターゲットな標的へ向かう所もそっくり。
元々あった「文化が移民流入で「置き換え」られて」いることへの、物理的反抗としてのテロリズム
一方ではイスラムこそが文化の置き換えだと語られ、もう一方では西欧的キリストこそが文化の置き換えと語られる。
うーん、もう別れて暮らしたら、と少なくない人たちがそう言いたくなる気持ちも解らなくはないよねえ。


このテロの相似性と投影は、人類社会へダメージを与える手法としてはまぁより効率性を追求していけば同じ結論にたどり着くということでもあるのでしょう。逆説的に何も特別にイスラム「だけ」が危険ではないということを今回の犯人自身が証明しているのは愉快な話ですけど。


ある手法の成果が上がっているということは、同様に同じ方法を採るもう一方の成果が少なからずあるということの証明でもある。
――それこそ私たち日本人も、湯浅さんと後藤さんの誘拐事件の時には斬首動画を公開されて「ほら、だから言ったじゃないか!」とテロリストたちの目論見に嵌まった人たちはいっぱいいたわけだし。それが衝撃的であればあるほど効果的である。
悲しい話ではありますが、こうして私たちがニュースとして消費することもまた、彼らの本来の目論見に一役買ってしまうわけで。
騒げば騒ぐほど、その騒ぐこと自体が社会的影響力があることの証明となってしまう。テロリストと私たちの共謀はやはりここでも繰り返されてしまうのでしょうねえ。



今回のバカなオーストラリア人の所業を否定することは簡単だけれども、しかし現実に影響がないかというとかなり怪しいよね。
銃撃で妻を失い……犯人を「人として愛し許す」 - BBCニュース
もちろんヨーロッパでも見られたように、現地のイスラム社会の人たちもまったく正しい対応(憎悪の連鎖を抑制する)をしているものの、しかし、かといって、こうした事件を受けてその社会の構成員たちの内心に100%まったく疑念が生まれないということもありえないわけで。
なにしろ今回の彼の先行者であったイスラムのテロリストたちが挙げた成果というのは、実際に欧米社会を変えつつあるのだから。
「テロリストなんかにぜったいに負けないっ」
「……やっぱり(その社会的影響力に)勝てなかったよ」
と散々繰り返してきたように。同じことをやってこちらでは長期的に影響が出ない、という方が可能性としては低いよね。
かくしてテロリストたちは嗤う。



作るのは難しくても、人種差別と社会分断を生むのって簡単なんだなあ。宇宙の法則通りの人間社会。
でもしかたないよね。グローバリズムと多様性は私たちの絶対的教義なんだもん。物理的に距離を縮めてしまった技術革新は、一見精神面でも同様という事を勘違いさせてくれそうだけど、しかし現実にはその文化的価値観の距離を縮めることは容易ではなかった。
故にどこの社会であろうと一部の人たちは銃をとる。憎む相手の姿そのままに。


世界が平和でありますように。