残酷な幼年期のおわり

「まず隗より」すら始められない私たち。



東須磨小・教員間暴力 会見詳報 「4人中2人は前校長と親しい関係」(神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース
話題になっている教師イジメのあれ。閉鎖的組織のダメな所が出まくっているのが地獄ではありますけど。

市教委幹部2人と同小校長の計3人が出席し、冒頭で「このたびのハラスメント事案で児童、保護者をはじめ、関係者に多大なる心配をおかけし、心よりおわび申し上げます」とあらためて陳謝した。

 同小の校長は具体的なハラスメントの内容について、体をたたく、足を踏むなどの暴力▽性的な内容を含む人格を否定するような言動▽所有物の器物損壊などの嫌がらせ-などを挙げ、「学校内やプライベートの場で長期にわたっていた」と説明した。

東須磨小・教員間暴力 会見詳報 「4人中2人は前校長と親しい関係」(神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース

まぁ個人的にはずっと昔の日記から、かのように大人ですらイジメ問題を解決できないのだから「いわんや子供をや」というポジションではあったのでこの構図自体は想定できるお話ではあるかなあと。
しかしハラスメントとか横文字で誤魔化すことが多いのもよくないよね。まさに小学生レベルのザ・イジメとして、当人たちにもくっそしょーもない事をやっていると自覚してくれればいいのに。
イジメを無くそうとする側の大人でさえこの有様なんだから、子供で実現できるわけがないよね。
ていうか最初のこのニュース見た時あまりの内容の低次元さに子供のイジメ事件のニュースだと思ったほどで。激辛て。まさかの大人の、更には教師の事件ということで二度見案件でした。まぁ逆説的に平和さの象徴とも見てもいいかもしれませんけど。そりゃこうして結構なニュースにもなっちゃうよね。
まず大人よりはじめよ、すら出来ない私たち。



ともあれ、ここで更に悲劇的なのは大人にも当然あるイジメ問題という枠を越えた、このイジメ被害者の教師と同じかそれ以上に被害者なのが生徒たちでもあります。

児童たちの様子については「大きく傷ついたことは同じだった。その日は一つ部屋を設け『苦しくなったり、泣きたくなったりしたら来てもいいよ』と言った。その部屋の中で1日、ワンワン泣いた子もいた」と話した。

東須磨小・教員間暴力 会見詳報 「4人中2人は前校長と親しい関係」(神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース

何で泣くかって、自分たちが信頼していた、信頼することを暗黙の裡に要請されていた『教師』たちの内情がこれ以上ないほどあからさまに露わになってしまったからでしょう。
あとしばらくは、絶対的権威であったはずの、そうあるべきだったはずの『教師』という幻想のおわり。
教師もただの人間だったのだ。


かつて子供であった私たちの誰もが、同じく絶対的存在であった両親たちもまたただただ普通の人間であったことを知る*1、『幼年期の終わり』な構図。それを改めて考えさせられるニュースではあります。
多くの私たちが、中高生にもなるとそろそろそういうことを察してくるものではありますけども、小学生でそれはさすがにちょっと早すぎるよねえ。
個人的には普段から、結局教師も私たち自身と同じただの平平凡凡な人間なのだから、というポジションではありますけども、しかしこの点では彼ら彼女らに大きな責任があることも否定できない。
子供時代の、一日の生活のおおよそ半分を占めるだろう学校生活における、信頼関係の最も基礎的な一つが覆されることの心理的影響について。




あまりにもあんまりな無残な救いのない現実の提示。
自立した教師ですらイジメ被害から逃れられないならば、子供たちは一体どうすればいいのか。
フィクションなんかでは、無垢な子供に敢えてそうしたグロテスクな現実を見せて楽しむ、という歪みまくったサディスティック性癖嗜好があったりしますけども、まぁ結果的にやってることはそれに近いよね。
これ幽遊白書で見たところだ!*2
加害者である彼ら彼女らの平凡さは、同時にその普遍性の証明という事実が隠されているのがまた闇が深いというか。


はやすぎる、残酷すぎる幼年期の終わり
このあまりにもあんまりな大人たちの不作為に巻き込まれた、まったく罪のない生徒たちの魂にやすらぎがありますように。

*1:故に自分が同じ立場になった時、改めてそれを為したことを尊敬するという構図でもありますけど。

*2:樹(幽☆遊☆白書) - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ