ラショナリーな彼女

合理的過ぎる私たちのミクロな自由を、公衆衛生を理由にマクロに制限できる度合いはどれくらい?


中国で大型連休開始、新型ウイルス対策を強化 死者が増加 - BBCニュース
ということで中国さんちでは割とマジで大変なことになっているそうで。でもまぁ僕たちオジサンオバサンからすると、自然に「あ、これSARSの時見た光景だ!」となるので無根拠な安心感がちょっとあったりするよね。2003年ってマジかよ。
だから今回もきっと大丈夫だろう。
グレタの件さんじゃありませんけど、初見の若者たちが騒ぎ、一方で老人たちがこうした時落ち着いているのは、そういう理由だよね。
ザ・正常化バイアス。


中国女性が薬で熱下げ仏入国「時限爆弾」と批判沸騰 - 社会 : 日刊スポーツ
ともあれ、個人的に面白い構図になっていると思うのは、やっぱり「合理的な」行動をする個人の振る舞いかなあと。

英国のタブロイド紙デーリー・エクスプレスは、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」上で「こんな女は最大級の恥知らず」「時限爆弾のような女だ」などと批判が沸騰していると報じた。

女性は微博に「2日間、飲まず食わずだったけれど、ついに、おいしいものを食べた。世界中の高級食材が集まる町で、ミシュランで星がついた店で食べたのだから。(フランス入国は)大成功。熱があり、せきもひどかったけれど、薬を多めに飲んで、熱も下がった感じがした。だから出国することが出来た」などと投稿していた。

武漢市が23日未明に、市外に向かうための鉄道駅や空港を一時閉鎖すると発表し、市外に移動する公共の交通機関の封鎖に動きだしており、無責任な投稿に批判が殺到した。

中国女性が薬で熱下げ仏入国「時限爆弾」と批判沸騰 - 社会 : 日刊スポーツ

うーん、まぁ、この彼女のバカな振る舞いを批判することは簡単だよね。
メガバカ
おわり。


しかし、一方で、天邪鬼的に彼女を擁護するならば、確かに「ミクロな」「個人の」行動としては合理的ではあるんですよ。
――だってどうせ自分が罹患しているのであれば、当然自分の居住地ではその流行が始まっている可能性が高い。一方でどうせ中短期的には再訪もしないだろう旅行先のフランスまでに広がったところで、中国在住のミクロな彼女自身にとって一体何のデメリットがあろうか? いやない。
故に私たちには「旅の恥は掻き捨て」という心底クソみたいな諺が昔から存在しているわけでしょう。
彼女はひたすら正直な行動として、わざわざフランスでの流行なんて気にするよりも、自分の欲求を優先させただけ。
そしてそれは少なくともミクロな個人の行動としては、概ね「合理的である」と評価するしかない。
もちろんマクロな社会全体には悪影響しか生まないんですけども。
こちらはザ・合成の誤謬


まぁそうした合理性も、上記のようにわざわざ公に発信してしまう時点で、合理性云々というお話は吹っ飛んでしまうわけですけど。


ワクチンを打たない親は公共心が足りない、ワクチンを打たないようにしようと反対運動する親は知能が足りない - maukitiの日記
その意味でいうと、以前の日記ネタで「反ワクチンそれ自体はともかく、ワクチン反対を公に訴えることこそバカである」なお話を書きましたけども、構図としてほとんどそのままなんですよね。
ワクチンを拒否することは、(自分には感染しないという無邪気な確信があるのであれば)ミクロな個人の振る舞いとしては一定の合理性がある。
ところがそうした「ワクチン拒否」を、広く周囲の人々に賛同まで求めてしまうようになると周辺社会で流行し自分も罹患する可能性が高まってしまう=ワクチンの必要性がより高まってしまうという構図に、気づいていないのか無視しているのかまぁまったく逆効果でオメガバカと評価するしかない振る舞いになってしまうわけですよ。


今回の彼女も(発熱症状のことなんて)黙って入って黙って出ていけばラショナリーな彼女として評価できる部分もあったのにね。
――ところが、わざわざそれを口外してしまうという彼女。
いや、ミクロな行動としては愚かでも、しかしその愚かさこそがマクロな社会にとっては有益になっているので、むしろそんな彼女の愚かは褒め称える資質なのかもしれない。
実際、今回のフランスだって、皮肉にも彼女が愚かだからこそこうしてリスクを事前に把握できたのだから。




そんな合理的で愚かな彼女を自分勝手なクソだと批判することはできるけれども、じゃあ世の中に(もちろん自戒も込めて)そうした自分勝手なクソが希少例かというと、まぁそんなこと絶対に言えないよね。
かくして私たちの一定以上の規模を持つようになった人間社会というのはどこでも、ある程度――まさにその『程度』こそが最重要である――こうした自分勝手で合理的な振る舞いをするミクロな個人の行動を制限する必要があるわけでしょう。
公衆衛生こそ人類が文明を築くことをできた英知の一つである。


であればこそ、まさに中国のような強力な中央集権体制であれば公衆衛生上の危機に対応しやすい、というのはその通りなんですよね。
武漢で交通機関を閉鎖 新型コロナウイルス、死者17人に - BBCニュース
今回もあっさり武漢という大都市を封鎖に踏み切ってしまえるように。
新型コロナウイルスへの対応 日本国内では | NHKニュース
もちろん日本のそれを手ぬるいと批判することはできますけども、しかし必ず伴うであろうああした強権力の発動は、私たち日本や欧米社会ではやっぱりハードル高いよね。
――もちろん一方で、対応当事者である彼らが無能であったりすると隠蔽や対応の失敗でより危機は拡大する可能性が高くなる、というのもまぁその通りでもありますけど。



ミクロな個人として合理的であればあるほど、社会はその自由を制限しなくてはいけなくなるジレンマ。
いやあ人間社会ってむつかしいよね。しかしその公衆衛生のバランス議論こそ、私たちが人間が文明社会として常に抱えてきた難題でもある。故に完璧な答えも未だ見つかっていない。
そのバランスについて。
中国は明らかに自由よりも制限に重きを置いている。では、私たち日本はどうするべきだろうか?


みなさんはいかがお考えでしょうか?