「戦争になったらさっさと降伏しよう」論へのカウンターの一つ

ユダヤ人虐殺に手を貸したのも、国が道になってしまうのも、なんもかんも戦争に負けたのが悪いんや!



オランダ首相、ナチス虐殺で初めて謝罪 ユダヤ人保護せず - BBCニュース
オランダの首相が70年以上前の『愚行』について謝罪したそうで。

しかし今回ルッテ氏は、オランダ政府がナチス占領下で、ユダヤ人などの迫害に役割を果たしたと初めて認めた。

ルッテ氏は追悼行事で、「私たちは、どうしてこれが起きたのかと自問する」と述べ、こう続けた。

「全体として、私たちがしたことはあまりに少なかった。十分に保護せず、助けず、認識しなかった」

オランダ首相、ナチス虐殺で初めて謝罪 ユダヤ人保護せず - BBCニュース

うーん、まぁ、そうねぇ。本邦含めて敷衍させて色々と考えさせられるお話ではあるんでしょうけども、このお話の本題としてはものすごく単純だと思うんですよね。

  • 「私たちは、どうしてこれが起きたのかと自問する」
    • 「戦争に負けるから、やろがい!」

なんかかっこいいことを言っていますけども、基本的にはまぁこれ以外にはないよね。


ごくごく自然に考えれば、積極的に反抗しようとした人たちが居たのと同様に、占領当時の他のオランダ国民たちの生命財産を守るためにと(内心の抵抗したい気持ちを抑えて)オランダ当局で協力しようとした人たちも当然居たわけで。
かくしてドイツから命令されたユダヤ人抹殺指令を唯々諾々と従った、従わざるをえなかった、大多数のオランダの人々。
後になって、自分がその立場に立っていないのに、あの時もっと反抗すべきだったといわれても全然説得力ないでしょう。


私たちは上位権威者から理不尽な命令を受けても、しばしば、集団の利益の為だと言いながら――ひいては自分の利益のためである――それに従ってしまう。


日本特殊論が大好きな人たちはこうした絶対服従な構図について、私たち日本特有の悪癖だと非難することが多いですけれども、これって日本だけでなく、あるいはオランダだけもでなく、むしろ人類普遍の性質だという有名な研究結果があるわけですよ。
まさにルッテさんが謝罪したように「なぜ彼ら彼女らはヒトラーの協力者となったのか?」という疑問を出発点にして。
権威者の指示なら、「9割」の人々が電気ショックのボタンを押し続ける:現代版「ミルグラムの実験」で明らかに|WIRED.jp
ミルグラム実験 - Wikipedia
アイヒマン実験に代表される、命令に服従することの危険性について。


ちなみにこれは、逆説的に「良い」命令でも同じような効果が期待できるという面もあります。
たとえば気候危機対策やマイノリティ救済などの『正義』を実現しようとする場合、少数の反対を押し切り命令に服従させることで、愚かな人たちをも一斉に動かすことができるかもしれない。
だからこそ特定の『正義』を信奉するリベラルな人たちが、なかなか進歩しようとしない現状を一発逆転させようと絶対権力を目指すことに希望を持ってしまう、悲しい理由ともなっているんですよね。
まぁその意味でその素朴な確信である「賢い正しいオレたちが愚民どもを善導してすばらしい社会をつくったる!」というのはそこま荒唐無稽でもない。
社会的動物である私たちは、良くも、悪くも、上位権力者の命令に基本的には従ってしまうものだから。







ということでルッテさんの自問に応えるならば、そもそもオランダがヒトラーに戦争で負けた、のが悪いんですよ。
――そうすれば、ドイツに理不尽な命令をされることにもならなかったのに。
――そうすれば、オランダ在住のユダヤ人たちはドイツに「協力したオランダ人」たちにドナドナされることもなかったのに。
なんでオランダはドイツに勝たなかったの?
フランスも、ポーランドも、チェコスロバキアも、ハンガリーも、なんでどいつにかたなかったの?
ちなみにドイツに対して中立を維持したとされるスイスだって「協力関係」としては似たり寄ったりでもあったわけですよ。

委員会は、スイス政府が当時、数千人に上るユダヤ人難民の入国を国境で拒否したことにより「ナチス政権の目的達成を手助けした」と結論付けた。またユダヤ人を追い返すことで死に近い状態に追いやったとも言及した。大戦中、約30万人がナチス政権下の国々から逃れるため国境を越え、うち約3万人がユダヤ人だった。しかし、約2万4500人はその後強制送還された。その大半がユダヤ人だった。

ホロコースト スイス政府がユダヤ人難民に取った黒い政策 - SWI swissinfo.ch

いくら自分が正しいことを考えていても、いくら相手が間違ったことを考えていても、結局は戦争で勝った方の手で問題は解決させられる。
国力こそパワー!
実際、少なくともイギリス(ついでにソ連も)は、オランダのように戦争に負けなかった故にそうはならなかったのだし。
オランダもイギリスのように戦争に勝てば良かったのに。
マジなんでそうしなかったの???




とまぁ露悪的に書いてきましたけども、二度の大戦を経て文字通り焼け野原となったヨーロッパがそれでも尚冷戦時代にはソ連との戦いを本気で覚悟していた理由の少なくとも一部としては、こうした構図があったと思うんですよね。
占領された社会が一体どのようなことへ、事実上拒否できない「協力」をさせられてしまうのか。




その意味では、私たち日本も決して他人事ではないよね。
香港騒乱を見て将来中国にもし占領されたらと考える人たちと、あるいは日本に戦争で勝ち占領したアメリカに既に今そうされているという反米な人たちは、実のところ彼らは構図としては基本的には同じことを言っているんですよね。
「もし占領されたら、拒否できない日本の私たちはヤツらの悪行を手伝わされることになる!」
そして何もそれは彼らの杞憂などでは絶対になく、まさに今回のオランダを筆頭に多数のドイツ周辺諸国が実際に経験した事でもある。




ミクロな個人としてはともかく、マクロな人間集団な私たちとしては避けては通れない、ザ・『権威への服従』な構図について。
それを避けるために、そもそも「占領されない」「戦争に負けない」以外に選択肢はあるのか?


みなさんはいかがお考えでしょうか?