アンドリュー・クオモの憂鬱

クオモに学ぶリベラルとの戦いかた。



コロンブスが“美化”されたのはなぜ?「アメリカの地を踏んでもいない」のに(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース
これはリベラルの本質について問われている、端から見ている分にはすごく興味深く愉快なお話だと思うんですよね。

一方で、文化リベラルが多いはずのニューヨーク市ではまだ、「コロンブス・デー」は廃止されておらず、像の撤去も行われていない。2017年には、バージニア州で起きた白人至上主義者と反対派の衝突事件を機に、マンハッタンにあるコロンブス像も撤去対象として検討されたが、反対派が少なくなく、設置継続が決まった。

クオモ州知事は今月の会見でも、マンハッタンにある円形広場コロンバスサークルの中心にあるコロンブス像に関して「コロンブス像はそこにあるべきだ」と、像の撤廃に反対する考えを示した。

「人々のクリストファー・コロンブスに対する感情は理解します。彼が(先住民族に)したことは、支持できることではありません。しかし、(マンハッタンにある)あのコロンブス像はニューヨークのイタリア系アメリカ人のレガシーの象徴であり、先代のイタリア移民による市への貢献への感謝表明でもあるのです。それゆえ、私はあの像を支持している」
イタリア移民にとって、コロンブスの存在は特別だ。

アメリカでもリベラルの牙城であるはずのニューヨークでこうなっている、というのは皮肉というかなんというか。
それこそ上記でも言及されているニューヨークのコロンバス・サークルのコロンブス像なんて、彼らの祖先であるイタリア系移民たちの寄付によって建てられたわけで。
自分たちの祖先が直接の利害当事者である故に、反コロンブス運動に乗れない人たち。
(反対者によれば)「コロンブスアメリカ発見によって、先住民たちは植民地にされ大量虐殺の憂き目に遭うことになった」故にコロンブス植民地主義者であり大量虐殺者である。
そんな極悪人の像を擁護するなんて!?!?!?



でもまぁ個人的には、リベラルのくせに不誠実だ! と言うつもりはやっぱりなくて、むしろこれこそ私たちリベラルの限界と本質を示す構図なんじゃないかと思うんですよね。
――そうだよね、直接自分には関係のないからこそ、その『正義感』を他人事としてどこまでも追及することができていたのものの、しかしいざ自分たちが「気づいていない」遅れたニンゲン側になってしまうと途端に素に戻ってしまう人たち。
それってほとんどそのまま、ローカルな(伝統的な)価値観こそ重視する、所謂「保守派」な人たちと言うことがほとんどそのまま同じでもあるわけでしょう。
やっぱクオモは保守派!


ぶっちゃけ、このクオモさんの発言を引用して固有名詞部分を入れ替えれば、現代的価値観から見て論争を呼んでいるほとんど全ての歴史上の人物を擁護することが可能になってしまう。

「人々のクリストファー・コロンブスに対する感情は理解します。彼が(先住民族に)したことは、支持できることではありません。しかし、(マンハッタンにある)あのコロンブス像はニューヨークのイタリア系アメリカ人のレガシーの象徴であり、先代のイタリア移民による市への貢献への感謝表明でもあるのです。それゆえ、私はあの像を支持している」」

まさにこれこそが、リベラルという普遍的価値観ではなく、世界中に無数にあるそれぞれ違うローカルな価値観の維持存続と、そしてそんな自分のたちの決定の尊重を求める保守的な人たちの声でもある。
その一方でそんなローカルな「遅れている」「気付いていない」「古い価値観」を――概ね善意から――現代社会にはそぐわないと是正せんとして非難するのが過激なリベラルでもあったわけで。


ローカルで伝統的な価値観や文化を保守したいみなさんは、ぜひ積極的にこのクオモさんの発言を引用して自己弁護すればいいんじゃないかな。
(彼らの言う所の)リベラルで普遍的価値観に対抗せんとする、ローカルな価値観を維持したい人たちの理論武装のやり方について。
反リベラルなみんなはクオモに感謝だな!


みなさんはいかがお考えでしょうか?