これはカスス・ベリですか?

Civilization6で歴史を学んだ我々にとっては当然『国土回復戦争』はセーフと答えるしかないよね。




ナゴルノ紛争 「宗教対立」とあおるな:東京新聞 TOKYO Web
僕の国語能力が足りないのか、ちょっと何を言っているのかわからない東京新聞さんのありがたい社説であります。

旧ソ連アゼルバイジャンアルメニアが再び戦火を交えた。合意した停戦は風前のともしびだ。欧米ではこの紛争を宗教的対立に単純化する傾向もあるが、一面的な見方は調停を妨げかねない。

ナゴルノ紛争 「宗教対立」とあおるな:東京新聞 TOKYO Web

うーん、「欧米では」と前置きしていますけども、一体どこのニュースでそんな報道がされているのかちょっと興味あります。
いやまぁもちろん日本語でもいっぱいある陰謀系ブログなんかを射程に入れれば当然ありそうですけど。わかるわかる~『9・11』からの両戦争はイルミナティの暗躍で宗教戦争なんだもんね!
でもまぁ「ちょっと何を言っているのかわからないです」とマジレスだけ書いても日記にはならないので、いつものようにここから発展させて適当な日記を書こうと思います。







こんなの多面的な情報分析もクソもなく、初めからどう見ても徹頭徹尾『国土回復戦争』でもあるわけでしょう。
だから東京新聞さんもその平和的解決させる為にこそ、宗教対立云々ではなく直接に領土問題の解答を示せばいいんですよ。
いやまぁ、そうした『領土奪還』という――本邦にとっても当然無関係ではない――論旨に触れたくないから、とても小賢しい責任回避術で実質的に何も言っていない虚無な社説に辿り着いているなら本末転倒だと評価するしかありませんけど。
本気で宗教対立があおられていると感じているならば、まぁそれはそれで一つの世界観ではあります。でもそれもイラクの開戦事由と同じくデマだとおもうよ。


ということで、ここで第三者である我々がかの地の紛争を見て問われているのは、国土回復の手段として戦争に訴えることが許されるだろうか? という点でもある。
領土奪還は現代におけるカスス・ベリ――合法的な開戦事由たりうるだろうか?
まぁcivilization6で歴史を学んだ我々にとっては当然『国土回復戦争』はセーフと答えるしかないよね。

国土回復戦争
社会制度「外交官」を研究すると、自分が築いた都市を占領している文明に対して宣言できます。国土回復戦争を宣言するには、まず相手に非難声明を出し、そこから5ターンが経過するのを待ちます。特筆すべきことに、この開戦事由では不平ペナルティが一切発生しません。奪回した都市を生かすも殺すも自由です。見るのも厭わしいというのであれば、容赦なく完全破壊してもかまいません。

ゲームシステム/ルール/外交 - Civilization6(Civ6 シヴィライゼーション6) 攻略Wiki

「国土回復戦争を宣言するには、まず相手に非難声明を出し、そこから5ターンが経過するのを待ちます。特筆すべきことに、この開戦事由では不平ペナルティが一切発生しません」
まんま今のアゼルバイジャンアルメニアの構図そのまんまでクッソ面白いよね。

ではトルコとアゼルバイジャンにとって「解決」は何を意味するのか。それは、アルメニアが30年近くにわたり安保理決議に違反し実効支配してきた国土の20%を、アゼルバイジャンに戻すことだ。

国連安保理は93年、4つの決議を採択し、アルメニアの占領地からの撤退を求めている。2008年の国連総会決議でもアルメニアに対し無条件の即時撤退が求められた。トルコとアゼルバイジャンは、「これだけの国連決議がありながら、仲介国はアルメニアに撤退圧力をかけてこなかった」と憤る。安保理決議は、早ければ数日で適用されるものもある。拘束力がある安保理決議が実行されないのは、「国際的な安全保障の観点から見れば重要性は低かったため」(軍事アナリスト)との指摘もある。

停戦合意でも戦闘続くナゴルノ・カラバフ なぜ「ロシアとトルコがカギ」か:朝日新聞GLOBE+

確かにアゼルバイジャンは概ね正当性のある非難声明をし、その上で5ターン経過するのを待ち、そして再び開戦した。


少なくとも『国連』においてもアルメニアの違法占領と見なされているかのナゴルノ・カラバフにおいて、へいわをあいする我々日本人を含む国際社会()はアゼルバイジャンの非難声明に対して何ら実効的な対応(救済策)を採らなかったのだから。
自分たちを国際社会の一員だと自称する私たちにも少なくともその無作為の責任の一端がある事は間違いない。
だから東京新聞のいう「宗教対立」なんて副次要因考える必要ないんですよ。その国連決議に従ってアルメニアを撤退させればいいだけ。
たとえばクリミアなんかでもそうすればいいだけ。
あるいは九段線でもそうすればいいだけ。




だれが?
どうやって?




いつまで経っても助けてくれない国連決議に見切りをつけて、自力救済を目指し先制攻撃で始まったアゼルバイジャンの国土回復戦争にカスス・ベリありという事はできるだろうか?
無抵抗主義者が戦争への道を舗装するとき - maukitiの日記
まぁ当日記でも何度か触れてきましたけど、それを安易に認めたら世界中で地獄の釜の蓋が開くことになりかねないわけですけど。
――かといって、いくら不当に奪われた国土だとしても、国連では国連安保理常任理事国の利害が絡むと機能不全を起こすことになる。
私たち日本国民が考える「領土を戦争で取りもどす!」の不正義さって一体どれくらい? - maukitiの日記
こちらも以前日記で書きましたけど、しばしば平和ボケと称される自称平和主義な我々日本国民だって、そんなこと薄々みんな解っているんですよね。
だって今目にしている現実として、いくら自分たちが不当だと考えていても、竹島北方領土が実際に帰ってくることはなかったのだから。
不幸中の幸いというべきか、それらの「旧」国土には大して価値が無いとみなすことができているからこそ、日本の私たちは理性的で平和主義なポジションを採ることができている。
……ではそれがもし「価値ある」国土だったら?




かくして最初の疑問であり、古臭い正戦論なテーマに我々は立ち戻ることになる。
「国土回復戦争はカスス・ベリだろうか?」なんて。
そして、大多数の誠実な私たちは、完全に否定することも、完全に肯定することもできず沈黙するか、今回の東京新聞のようにズレたことを言いながら言葉を濁すことになる。
まぁ誠実ではない人は不当な要求だろうが領土あげちゃえばいいとか、本来の持ち主に返せばいいとかその場その場で適当なことを言えばいいんじゃないかな。
自分さえ戦争被害にあわないなら、自分に不利益が無いのならば他の誰がどうなったって構わないものね。



みなさんはいかがお考えでしょうか?