「人権よりも国益」がマジで結実してしまったアメリカ

「アホ~! ホンマにやってどないすんねん……」みたいな川藤代打コピペみたいな展開に。



“アフガニスタン人支援を” 世界各地で集会 米軍撤退期限迫る | アフガニスタン | NHKニュース
ということでいよいよタイムリミットが迫りつつあるそうで。

アフガニスタンでは、アメリカ軍の撤退期限が今月31日に迫り、多くの市民が国外退避を求めて空港周辺に集まっていますが、アメリカ政府は現地でテロ攻撃が再び行われる可能性が高いと警告するなど、緊迫した状況が続いています。

集会に参加した人たちは「アフガニスタンを守れ」などと書かれたプラカードを掲げ、バイデン政権に対し、国外退避を求める市民をできるだけ多く支援することや、女性の権利を保護することなどを訴えていました。

“アフガニスタン人支援を” 世界各地で集会 米軍撤退期限迫る | アフガニスタン | NHKニュース

うん、まぁ、そうねえ。
これまで横暴なアメリカを散々批判してきたのに、いきなりこうして手の平返しされているのを見ると、少し前に流行っていたパーティーから見捨てられた「今更もう遅い!」系なろう系主人公っぽいのが個人的に面白い構図だなあとは思っております。
きっとこれからのアメリカは、今度こそ新しい同盟国たちに囲まれて幸せに暮らすんやろなあ(日本やイギリスの方を見ながら)。


ともあれ、ただ「人権よりも国益」をこうまであからさまに優先させたバイデンを批判できるかというと、少なくとも同じようなことをしてきた国家たちは石を投げることはできないよねえ。
――少なくとも日本に限って言えばまぁ絶対にそんなこと言えない。それこそ本邦の戦後外交としてはほぼ一貫して「人権よりも国益=自国の平和」を追求してきたし。そして実際に(自称)リベラルな人たちを中心に、自衛隊派遣に対しては一貫して反対してきたわけだし。



「人権」よりも「国益」の方が重要である。
まぁ確かにその態度には一理ある――というか国際関係における古典的リアリズムな主流ポジションからすればごくごく当たり前の態度であり、むしろそれこそが「越えてはいけない一線」ですらあるわけで。
そうしたリアリズムの観点からは、やっぱりようやく正常に戻ってきつつあるアメリカ、という視点はあるのだろうと思います。
その癖に、選挙活動中はリベラルぶって「民主主義と人権」を大義名分にした外交政策をしようとしていた二重基準はやっぱり批判されて然るべきなんでしょうけど。
アフガニスタンで敗北したのは、自由主義諸国全てである ? SAKISIRU(サキシル)
アフガン崩壊:米撤退でヨーロッパに広がる「憤り」と「無力感」:鶴岡路人 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
更にはこうしてアフガニスタンから撤退することで、単にアメリカだけでなく(日本含む)自由主義陣営ほぼすべての敗北をも決定付けてしまったわけですけど。

自由主義諸国は全て、共にアフガニスタンで、敗北した。この深刻な事態の客観的な認識なくして、われわれは次の一手を構想することはできないだろう。

アフガニスタンで敗北したのは、自由主義諸国全てである ? SAKISIRU(サキシル)


私たちは「単に人間であるということに基づく普遍的権利」というタテマエを守り続けることができるだろうか? - maukitiの日記
先日の日記でも書きましたけど、『人権擁護』こそ冷戦後の世界秩序の根本にあったわけですよ。それを大義名分にして、単純に勢力均衡を越えた世界平和を生み出していくはずだった。
ところがそうした価値観は、子ブッシュ時代を頂点に、オバマにトランプと政権交代を経ながら徐々に縮小していき*1、バイデンの時代になって終焉=敗北してしまった。
子ブッシュ時代に頂点を迎えた「世界の警察」であったアメリカの終わり。
その一大プロジェクトは20年を経てついに完結した。


コロナによってミクロな個人生活が決定的に変わっていくだけでなく、マクロでもこれまで私たちが当たり前だと思っていた世界が決定的に変わろうとしつつある。とんでもねえ奴らと同じ時代にうまれちまったもんだぜ。


歴史に残る戦争終結イベントとしては、世界大戦や冷戦に次ぐレベルでの大きな歴史的イベントになるんじゃないかなあ。
いやあこのカオスな世界はこれからどうなっていくんでしょうね。
みなさんはいかがお考えでしょうか?