ウクライナよ新たな神話になれ

「戦争を忘れていた」私たちが戦争と、その教訓であった理想主義を思い出すとき。


「プーチンは完敗する」政治学者フランシス・フクヤマが楽観論を唱える理由 | トランプ以外のポピュリストは、プーチン支持の過去を撤回しようとしている | クーリエ・ジャポン
フクヤマ先生の興味深いお話。

──西側の自由主義が勝利をおさめたことで、大きな問題が解決された世界に対する一種の「倦怠」と、思想の激しい対立のなかでどちらにつくかを決めざるを得なかった世界への「ノスタルジア」が生じるだろう、と「歴史の終わり」に書いていますね。

もしかしてこれに似たことが、西側諸国が一斉にウクライナ支持を表明するという、まれにみる事態の裏側にあるのかもしれない、という気がするのです。つまり、この機会に乗じてイデオロギー的闘争の一方の側に堂々と一致団結して与(くみ)しているのではないか、と。

その通りだと思います。封じ込めてきた理想主義がたまってきているのです。眠っていた1989年の精神が、今再び目覚めるところなのです。人々が、正当な理由のために戦うという思想に好感を寄せているのは、間違いないと思います。それに実質上この30年間は、大量消費主義と見境のない中流階級的追求くらいしかなかったわけです。

ついでながら右翼ポピュリズムのほうも、多くは同じ倦怠に駆られているものと思われます。

「プーチンは完敗する」政治学者フランシス・フクヤマが楽観論を唱える理由 | トランプ以外のポピュリストは、プーチン支持の過去を撤回しようとしている | クーリエ・ジャポン

個人的に面白かったのはこの部分かなあ。
アメリカの横暴や、世界の片隅な辺境で起きていた戦争や、あるいは中国という巨大市場に目が眩んでいるなど、様々なしがらみや単純にポジションを決められない複雑な世界に生きていた私たちが、幸か不幸か「イデオロギー的闘争の一方の側に堂々と一致団結して与している」ような単純な世界に引き戻されつつある。
絶対的正義や全会一致は危険であるなんて斜に構えてエクスキューズすることすら*1容認できないような現実が生まれつつある。
話がこれ以上ないほど簡単になってしまった。
ついでに言うとフクヤマ先生が指摘しているように、まぁやっぱり倦怠に駆られていた愛国保守な右翼ポピュリズムにとっても話が簡単になってしまっているですけど。日本でちょっと時代遅れな核兵器保有議論が盛り上がっているのもそういう文脈でしょう。



もちろんウクライナの危機は危機として悲劇的ではあるものの、しかし今回の件を教訓として更により良いリベラルな国際秩序を生み出せる、かもしれない。
最早挽回不可能だと思われていた理想主義への一発逆転ホームランの機会が。
今度こそ我々はリアリズムな世界から決別できるだろうか? - maukitiの日記
前回の日記でも書きましたけど、尚も常任理事国として席があるロシア(その先には中国も含む)のように冷戦終結の際には失敗した国連改革を。


その意味で、しみじみ面白いお話だなあと思うのは、(もちろん100%素朴な善意から)私たちはこれまで散々「戦争の教訓(時代)を忘れてはならない」と謳っていたものの、実のところまぁ見事に忘れていた点だと思うんですよね。
それは単純な「戦争に反対する」という次元の話ではなくて、むしろ国連憲章が生まれたその理想主義的な時代背景について、そこそこ自由だったウクライナがああして無慈悲に侵略戦争に晒されるという光景を見てようやく思い出したわけでしょう。
――まぁ今でも尚「ウクライナが降伏すればいい」と情報をアップデートできていない人たちが日本にもいっぱいいるわけですけども。これまでの牧歌的で単純な――なんもかんもアメリカが悪いんや! で一点突破できた――世界観時代では概ね通用していた「戦争の教訓を忘れている」発想そのまんまでちょっと面白いよね。
残虐な侵略戦争を仕掛けてくる国家が、悲しいかな現実に存在しているという現実を。
故に「集団安全保障」「自衛戦争は正義である」と国連憲章にも謳われていたのにね。


ウクライナが犠牲となることで、
ロシアが建前とは真逆に邪悪な侵略者となることで、
再び歴史を終わることを夢見ることができるような『神話』が生まれるかもしれない。


しかしここでひたすら皮肉というか、汎人類史の救えなさというか、その神話が成立するカギとなるのは結局のところ、その「ウクライナの犠牲=死者の多さ」と「ロシアの邪悪さ=核や生物化学兵器を使うか」という所に掛かっているのがこのお話に素直に賛同できない側面でもあるんですけど。
ナチスヒトラーソ連崩壊のイベントが悲しいかな証明しているように、犠牲が大きければ大きいほど、侵略者が邪悪であればあるほど、その理想主義が実現する可能性が高い。
だって我々はいつだって日和見したいから。


ウクライナは国際関係の新たな神話になってしまうのだろうか。
みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:いや、本邦には親露極右なだけでなく『平和主義者』を自称する人たちの側にすらそこそこ居てビビるというかクッソ愉快だなあと思っているんですけども。