メルケルのあとしまつ

名宰相を失ったドイツが、ま~たしでかしてしまうのか問題。



直言(2022年5月2日)ユルゲン・ハーバーマス「戦争と憤激」──ドイツがヒョウでなくチーターを送る時代に
自称リベラルな僕も基礎教養として昔ちょっとやったハーバーマス先生のありがたいお話。

「しかし、これが巧妙な演出であろうとなかろうと、我々の神経に障るものであることは事実であるし、この戦争が近接領土のものであるという意識が、この事実の持つショッキングな効果に貢献している。そのようにして西欧諸国の視聴者にあっては、死者が出るたびに不安が、殺害が起こるたびに動揺が、戦争犯罪が起こるたびに憤慨が、そしてこれらに対して何かをしたいという願望が強くなる。このような感情を国中に沸き立たせる合理的な背景には、大規模で国際法に違反する侵略戦争を引き起こし、組織的に人間を軽視した戦争遂行によって人道的な国際法を侵すプーチンとロシア政府には当然加担しないという態度がある。」

直言(2022年5月2日)ユルゲン・ハーバーマス「戦争と憤激」──ドイツがヒョウでなくチーターを送る時代に

まぁ懸念していることそれ自体は解るよね。
本邦を見ても明らかに起きているように、ドイツにもあった『平和』へ幻想が揺さぶられることで極端な方向へ国民世論が流されてしまうのではないか、という可能性について。特にドイツはそうした前例があるわけだし。
ついでに私たち日本も同様に。だからこそ日本がドイツを見習えというか、ある種の反面教師にしておくというのは割と適切な提言だと思ってます。




ともあれ、しかしドイツが「立ち上がって」しまうと、それはそれで厄介な問題が起きてしまうのも間違いないんですよね。ほとんど必然の流れとして二度の世界大戦を起こしたドイツというスーパーパワーをこれまで抑制してきた拘束具が外れてしまいかねないから。
ウクライナを見て「軍事アレルギー」から目覚めたドイツが軍拡へ大転換 | ロシアの侵攻で「愛国心」に変化 | クーリエ・ジャポン
これまではクリミア併合を経ても尚、政経分離と称してロシアとの深い関係を続けてきたドイツではありましたけども、しかしそのリベラルな政策とは裏腹にロシアや中国との関係を維持している矛盾はここにきてついに露になりつつある。
ポスト冷戦時代に維持されてきた事実上の独ロ不可侵条約はついに破棄されようとしている。
どちらか一方であれば矛盾はなかったのに、両者を一気に実現しようとしてしまうからそのジレンマに悩まされることになる。
これまで大宰相メルケルの巧妙なやり方でバランスが図られてきた道徳主義と現実主義の天秤がいよいよ傾きつつある。
まさにビスマルク時代そのまんまでクッソ面白いよね。ちなみにそんなドイツ統一によって出来たドイツの抜きんでた経済力の中でも維持されてきたヨーロッパ均衡は、ビスマルク後の「普通の」政治家たちによって致命的に揺らいでいくことになる。
それもこれもみんなドイツが強すぎるからいけないんだよねえ。ディズレーリはやっぱり正しかったんだなって。




まぁ個人的に端から見ている分には、ドイツの道徳主義的帝国主義とまで揶揄された態度の裏返しでもあるとは思うんですよね。人道主義であればこそ、ウクライナ侵攻に反発するのは当然の帰結であるわけで。そこでリアリストぶって、弱肉強食な論理を肯定してしまってはこれまでの態度との一貫性がなくなってしまう。
これまではそんな矛盾もメルケルのおかげで何とかやってこれたんですよ。口では徹底的に綺麗事を言いながらも、しかし経済の為だと言いながらロシアや中国と深い付き合いを続けてきたメルケルの手腕によって。
そのことを批判的に指摘する専門家の人たちも少なくないんですけども、しかしまぁ彼女のある種の有能さのおかげであったことは間違いないと思うんですよね。それと同時に今の今までプーチンの脅威を先送りにしてきた結果が、ウクライナでの戦争犯罪の数々であることも間違いないと思うんですけども。
ロシア制裁「適切だ」44%「強化を」41% 本社世論調査: 日本経済新聞
皮肉なことにこちらも本邦も似たような構図を抱えていて、平和憲法および侵略戦争はいけないと絶対的教義として叩きこまれてきた私たちがまぁ言い訳のしようのない*1侵略戦争を現在進行形の現実として見せられているわけで。
そりゃ世論がロシアに反発しないわけがないよねえ。ヒトラーアベとは一体何だったのか。




しかし、どちらにしても、メルケルという名宰相によって巧妙に演出されてきたその理想主義と現実主義の危うい綱渡りは、ついに不可能になりつつある。

デタント政策(Entspannungspolitik)の継続、安価なロシアの石油輸入に依存したドイツ政府の過ちについては、ここでは扱わない。いつの日か歴史家が判断するであろう。

直言(2022年5月2日)ユルゲン・ハーバーマス「戦争と憤激」──ドイツがヒョウでなくチーターを送る時代に

はたしてそのメルケルによって膨らみ続けた負の遺産は、一体どれほどの大きさのモノになるんでしょうねえ。
とはいっても何もかも上手くいくパターンはもちろんあって、ドイツの支援を受けてウクライナが勝利しロシアという敵を弱体化させることに成功したヨーロッパに真の意味での平和が実現しヨーロッパ合衆国爆誕まったなし! という可能性だってないわけではない。
――その一方では最悪のパターンでは、(クリミア割譲などメルケルが融和という形で先送りし続けた)暴走したプーチンによって核戦争まったなし! な世界線でもあるんですけど。


これまでは有能なメルケルの演出によってどうにかこうにか見ないフリを続けることができていたドイツ政府の矛盾について。
はたしてショルツ首相を筆頭に、普通の政治家たちはその荒波を乗り切っていくことが出来るんでしょうかね。乞うご期待であります。歴史で何回か見てきた光景とか言うと身も蓋もないよね。


みなさんはいかがお考えでしょうか?
 

 

*1:いやまぁこの期に及んでロシアに対してアクロバティック擁護をしている人たちはいますけども。ぶっちゃけそれなら黙ってた方がマシだよね。