中国に『春』が来ない理由

不断の努力によって守られているもの。


朝日新聞デジタル:薄元書記公判2日目始まる 中国、SNS中継に高い関心 - 国際
そういえば先日の日記でも少し触れましたけども、薄さんの事件が初公判だそうで。そこから何となく関連して考えたお話。




アラブの春』のような大規模な大衆反政府運動が始まるには、様々な要因が必要であるわけです。もちろん簡単に一般化することは出来ませんが、その中でも特に重要な要素とされているのが、「カリスマの存在」「苦難の原因と問題解決を提示するイデオロギー」「情報伝達手段」「全国的に動員できる(政治的)組織」辺りでしょうか。
――で、現代の中国共産といえば、そうした『アラブの春』の再来を真剣に危惧していて、且つその為に芽の時点からの弾圧行動をしているのであります。
つまり、カリスマとなりそうな指導力を持った人間はさっさと事前に潰し(あるいは中国国内にさえ居なければいいので亡命させる)、過去の歴史上頻繁にイデオロギー及び全国的組織となった宗教組織も潰し、そして現代における最も強力な民衆不満を広める情報伝達手段であるインターネットも確実に支配下に置いておく。中国共産党さんのやっている――曲がりなりにも民主主義社会に生きる私たちから見れば――愚行と言っていい行為、民主運動家への弾圧(でも亡命することまでを積極的に止めはしない)や金盾や宗教弾圧など、しかしそうした視点から見ればかなり一貫した振る舞いではあるんですよね。彼らは真剣に恐れているからこそ、その対策も本気でやっている。


さて置き、現代中国における上記「反体制運動が盛り上がる為の要素」の中で特に難しいのが、二つ目の『イデオロギー』なんですよね。多くの人を動かす為には、現在の苦しみをもたらした説明と、これから何をすれば自分たちは救われるのか、それを大衆に向けて解りやすく訴えるシンボルとなるものが必要なわけです。民主化運動や、イスラム主義運動、あるいは人種差別運動など。別にそれはきちんと論理的に『正しい』説明である必要はないのです。というかこれまでの歴史を振り返っても正確に苦しみと問題解決の説明となっていたものは多くない。それよりも重要なのは、一般大衆に説得力を持つかどうか=単純で馴染みがあるかどうか、の方がずっと大きい。
翻って中国さんちといえば、そうしたイデオロギーのかなりの不毛地帯ではあるんですよね。民主化運動も、宗教勢力も、人種差別運動*1も、全国的な広がりという意味ではほとんどない。
――しかし唯一その可能性となりそうなのが、所謂毛沢東さん時代の懐古的な『共産主義運動』だったりするんですよね。文化大革命とか革命歌とか。伊達にこれまでずっと神格化されてきたわけではない。私たちのような部外者から見ればあまりにもアレな選択ではありますが、しかし膨大な数の中国貧困層にとってそれは、現状を打破する為の魅力的な選択に見えてしまう。
現在の苦しみは共産主義を忘れたからであり、私たちがこれから救われるためには正しい共産主義を取り戻すことが必要なのだ、なんて。


今回、というか去年の話ではありますが薄煕来さんが何だかよく解らない内に失脚したのって、もちろんそれが全てであるとは全く言えませんが、そうした唱紅打黒が、かなりギリギリのラインを踏み越えちゃっていたからなのかなぁと。それは少なくない政治上層部の人たちを刺激してしまった。実際に彼がそこ(反政府運動)まで考えていないことは確実―−当たり前ですよねだって彼は有力な元々政治エリートだったんだから――だったとしても、しかしそのやり方を容認するわけにはいかなかった。
かくして薄煕来さんは、目的としてマフィアをやっつけるのはともかくとして、その手段として共産主義革命を用いることにはあまりにも危ない綱渡りだ、と認識されるようになったのかなぁと。彼のやり方はあまりにも上手く行き過ぎた為に、本人の意思ともかくとして「大規模な反政府運動」のテストケースとなってしまいつつあった。
もしマフィアでなく、その矛先が中国共産党に向けられたら……?


今後の影響を考えれば、やはり彼を放っておくわけにはいかなかったのかなぁと今更ながらに彼の公判のニュースを見ていて思ったりした次第であります。だからこそ、彼はああして見せしめとばかりに異例の公開裁判という形が採られることになっている。まさに彼のやり方を徹底的に否定する為にこそ。まぁ本当に思惑通りに効果があるのかどうかは解りませんけど。
みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:政治経済の主流派を、圧倒的多数派が占めている以上それが理由にはならない。