自力救済禁止の原則は衰退しました

自分以外他に誰も助けてくれないからね。しかたないね。


ロシアへの越境攻撃、ゼレンスキー氏が認める 戦争を「侵略者の領内に押し込んでいる」 - BBCニュース
ということでウクライナで大きな動きがあったそうで。

ゼレンスキー氏は10日の演説で、ウクライナの「戦士たち」に感謝するとともに、ロシア国内での作戦についてウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官と協議したことを明らかにした。

そして、「ウクライナは正義を取り戻せると、そして侵略者に必要な圧力を確かにかけられると、証明している」と付け加えた。

複数報道によると、ウクライナ軍は国境から10キロ以上離れた地点に到達し、町の一つを占拠しようとしている。2022年にロシアの全面侵攻が始まって以来、ウクライナがこれほどロシア領内で前進するのはこれが初めて。

ロシアへの越境攻撃、ゼレンスキー氏が認める 戦争を「侵略者の領内に押し込んでいる」 - BBCニュース

戦況全体に与える影響そのものという意味では大きな動きとまではいえないものの、しかしここでゼレンスキー大統領が語っている「ウクライナは正義を取り戻す」という所は歴史的に重要な発言だよなぁとは思うんですよね。
――つまり、彼らは他の誰でもなく自分の力で『正義』を取り戻すと宣言しているだけでなく、その為の行動を実際に起こしている。
ザ・自力救済。


個人的に、本邦でも未だにしつこく言われ続けている「ウクライナ見捨てろ」論にどうしても賛同できない大きな理由がここにあるんですよねえ。それはウクライナが可哀想だからとかいうプリミティブな感情ではなくて、『被害者』を救済してあげることができければ近代法の基本原則である『法の支配』の実質的な終焉を迎えてしまうから。その先にあるのは、パワーを持つ者たちによる恣意的な自己救済が乱発される世界であります。
でもまぁそりゃそうだよね、法が助けてくれないのであれば自力で救済するしかない。
弱体化したお上が正義を為してくれないのであれば、自分たちの力でそれを実現するしかない。
あっ! それ進研日本戦国時代幕開けゼミで見たところだ!


面白いというか皮肉というか、しみじみ『時代』だなぁと思うのは、マクロな国際関係だけでなく同じようなタイミングでミクロな個人的生活でも自己責任論といった言葉が流行って久しい所でしょう。あの言葉が恐ろしいのは、何も様々な要因から失敗し這い上がれない持たざる者である弱者を嘲笑するという点だけでなく、逆側の持つ者たちにとっては自分たちに都合のいい『救済()』を行うことが可能になってしまう所にあるんですよ。
今回のウクライナはロシアと比べればまだ恣意的と呼べるほどの一線を越えてはないかもしれない。ではパレスチナのテロに対して行ったイスラエルの自力救済は? アルメニアに不当に占拠されていたナゴルノ・カラバフを暴力で取り戻したアゼルバイジャンの自力救済は*1
そもそもロシア自身も自力救済すると言ってウクライナに侵攻したんですけど?


いやまぁマジレスすると国際法にそもそもそんな能力ないと言ってしまうと身も蓋もないんですが、しかしこれまで(子ブッシュオバマ政権あたりまで)はそうした幻想が国際関係においてある程度まで共有されていたのも概ね事実であるわけで。
第二次大戦以後、核兵器という暴力が一部強者たちに独占されたことと東西ブロック化による副次的な結果として世界全体で自力救済禁止が実現されていたものの、ところがソ連崩壊とアメリカの世界の警察官辞任により徐々にその原則は効力を失いつつある。


本邦でも素朴に信じられていた「悪いことをしたら国際社会が許しませんよ!」という幻想はぶち壊されてしまった。
クリミアを奪われても、本格的な軍事侵攻をされても、国際社会は救済してくれなかったのである。

ウクライナは正義を取り戻せると、そして侵略者に必要な圧力を確かにかけられると、証明している」

ロシアへの越境攻撃、ゼレンスキー氏が認める 戦争を「侵略者の領内に押し込んでいる」 - BBCニュース

かくして自力救済するに至ったウクライナ


多くの問題を抱えながらも、少なくとも国家間の紛争解決を目指していた国際連盟の時代よりも更に前、
自力救済についてなんの制限もなかった100年前の時代に帰りつつある私たち。
核兵器の無い私たち日本のような軍事的弱者にとっては悪夢のような時代かもしれませんが、一方で核兵器を持っているアメリ*2やロシアや中国のような強者たちにとっては都合のいい形で自分を『救済()』しやすい時代でもあります。
自力救済ホーダイの時代へ。
現在進行形で私たちが目にしているような――まさにロシアやウクライナイスラエルアゼルバイジャンのように――各国それぞれ自力救済する野放図な世界へ。


100年ぶりに帰って来たリヴァイアサンな世界では一体どんな光景が見られるんでしょうね?
みなさんはいかがお考えでしょうか?
 
 

*1:これは両者を入れ替えてもまったく同様に成立する。

*2:今私たちが目にしている野放図な『自力救済()』の最初の例とも言えるのが、あのイラク戦争でもあったわけで。