「労働なき富」の何が悪いのか

鳩山首相の施政方針演説のあれ。まぁ「悪銭身につかず」という言葉で終わってしまう話ではあるんだけど。
さて置き、「富」自体には良いも悪いもない。むしろ経済学的に考えれば、富・資本は全てを解決する万能薬である。ぶっちゃけてしまえば、それさえあれば残りはなんとかなる。なのに「悪銭身につかず」なんて言われてしまうのは何故か。


国家としての古い失敗例の一つとして、いわゆる大航海時代から先頭を走っていた16世紀頃のスペインの例がある。
アメリカ植民地貿易に一番乗りを果たしたスペインは、当時世界一の金持ちだった。そのおかげでスペインにはアメリカから膨大な量の富が流れ込んだ。で、そんな金を何に使ったかと言えば、戦争に使った。めちゃ無駄遣い。その富は戦争によってまったく無意味に消費された。何もせずに棚ボタ式に手に入れた金なんてこんな風に浪費されてしまう、まぁ人間の本能と言っていいかもしれない。簡単に手に入れた金だから簡単に使ってしまう、当たり前の話か。
で、別にそれだけならまだいい。期せずして手に入れた富を無駄遣いする、それで終わるならまだいいんです。しかしそれで終わらないのが本当の悲劇。「金があれば何でも買えるから」と思ってしまうことこそが。
確かに金さえあれば必要な物は何でも買える。食糧も製造品も贅沢品も芸術品も。だったら自分で作るよりも、他所から全部買えばもっと楽だよね。ということでスペインは何でも買った。必要なものは全て外国から買えばいいと。
結果、その膨大な富はスペイン国内にはまったく回らなかった。どこにその富が行ったかと言えば外国の商品を買う為に外国に流れた。それだけならまだマシだったかもしれない。金が回らずに停滞どころか、外国人に頼って放置された自分の国の産業や技術や知識は、正しく衰退していってしまったのだから。
その後そうした膨大な量の富が無駄に浪費されて*1無くなった時、スペインは前より貧乏になってしまっていた。D・S・ランデスさんの言葉を借りれば「スペインは金を持ちすぎた為に貧しくなった」と。


結局の所、国家は自分で自分を助けて生きていかなければいけない。そして別にこうした例はスペインの例に限らない。
例えば石油依存で生きている現代の中東国家は永遠に石油だけで生きていけるわけではない。石油はいつか枯れるのだから。
先進国からの援助によって生きている途上国は永遠に援助されて生きていけるわけではない。援助はいつか(気まぐれで)打ち切られるのだから。
それらと同じように金融工学で生きている国は永遠にそれだけで生きていけるわけではない。というのはごく最近の事例が証明していますね。


つまるところ、労働なき「富」そのものが悪いわけじゃないんです。それを正しく次の投資、教育、成長に回せるなら別にいいんです。しかしそれに頼るようになってしまった国家はまぁ基本的に衰退しますよね、という話。で、大抵の場合は、解っていてもより楽な方向にいってしまう。悲しき人間のサガ。そりゃガンジーさんももうめんどくさいのか一緒くたに「労働なき富。ダメ!ゼッタイ!」とか言っちゃいますよね。


んじゃ個人ではどうなの?

ということで国家の例は置いといて、鳩山さん個人が親からもらった金で「労働なき富(笑)」「労働なき富(キリッ」とか色々言われてましたね。
個人的な意見で言えば、まぁ別に個人がやるならいいんじゃない?という気はします。だって国と違って人間には寿命があるから。
どんだけ「労働なき富」で生きていこうが、国家の例と同じように自分では生きていけないダメ人間になっていこうが、一人間であればいつかは避けられない死というものが訪れる。どうせ死ぬんだから自分勝手に(その「労働なき富」が周囲に悪影響を与えようが)楽に生きてやる。と言われればまぁ肯定はできないものの否定もできないと思う。だって僕もそんな風に親からの金だけで楽に生きていきたいです。


周囲への悪影響さえ考えなければ。


まぁそんな事してれば周囲から見てなんて思われるかなんて考えるまでもないわけで*2。だから普通はバツが悪いので隠してたりする。しかもよりによって内閣総理大臣なら特に。
あ、隠してたんでしたっけ。・・・・・・うん、まぁ、「もうちょっと上手くやって(隠して)ください」としか言えない。



参考:
『大国の興亡』『「強国」論』

*1:戦争に使った分も、結局金がありすぎて効率的な軍事組織を確立する事に失敗した。で、負けた。

*2:そして、そうした勤労や社会貢献が暗黙のうちに尊ばれるような社会は非常に価値があると思います。