タイさんちの家庭の事情

というわけでタイの情勢もそろそろ、というよりはようやく、落ち着いてきたようで。結局タイにはタイの彼らなりの独自の政治力学というものが存在しているんですよね。
私たち日本人も持つ西洋的な民主主義信仰は確かに一つの現代の美徳ではあるものの、しかし決してそれは万能薬などではない。そしてタイには、その(私たちの信じる所の)万能薬は効かなかったと。


だからこんな事も無邪気に言ってしまう。
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 泥沼化にもかかわらず、タクシンを追放したエリート層が後悔している様子はない。彼らにとって、そしてタイ国外の人々にとって、タクシンはポピュリストのデマゴーグ大衆迎合主義の扇動政治家)だった。タクシンは無教養な農村貧困層の大衆を操って権力を握った。第2のウゴ・チャベスになっていたかもしれない、というのが彼らの見解だ。

 だがタクシンは、砕け散ったタイ民主主義が最も素晴らしかったころを象徴する人物だ。確かに不手際は数え切れないほどあった。彼は素直な政治家などでなく、汚職に手を染めたこともほぼ間違いないが、タクシンのタイ愛国党は01年に下院で初めて500議席過半数に迫る248議席数を獲得した政党だ。タクシンは農村部の政治に疎い大衆を動員することで、70%という記録的な投票率も実現した。

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タクシンは民主主義システムにおいて上手く立ち回った一人であると。確かにそういう見方もできる。それでもタクシンは、タイに致命的な混乱をもたらした。タイ独自の、王室や軍の派閥などの、政治的な安定性をこれまでもたらしてきたものと衝突したせいで。それまでタイの政治は「それなりに」上手くやってきたはずなのに。
それは以前自分の日記でも書いた、政治権力と法 - maukitiの日記選挙が待てないひとたち - maukitiの日記のような、西洋民主主義信仰の教義から見て異端なものである。だからこそ今回の事件において、この記者のように「タクシンは民主主義的には正しい」とか言ってしまう。実際の所、本当に正義かどうかは誰にも断言する事はできないはずなのに。

 タクシン政権は民主主義を実現したが国は分裂させた、というのは正しくない。分裂させたからこそ、民主主義的だったのだ。

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確かに私たちのような西洋民主主義を信仰する人にとってそれは正しいかもしれない。でも本当にタイにとって、ここまでする価値があったのかと言うとやっぱり断言できない。まぁ海の向こうの傲慢な人は簡単に正義とか言っちゃうんでしょうけど。


しかしある意味、こうした盲目に陥ってしまいがちなのは幸福でもある。
西洋民主主義の社会では、法制化された規則の遵守をイデオロギー的に強調されているから、軍隊などの公的な暴力装置が常に存在しているという事実は軽視されている。本当は私たちのような社会も、タイの軍閥のような、暴力手段という社会統制に依って存続しているはずなのに、ただそれが巧妙に隠されているだけでまるで存在しないかのように振舞ってしまう。
だからこそ、そんな(隠されたはずの)暴力がより露出してしまうタイに向かって上記のような事を無邪気に言ってしまうんでしょう。彼の行為は正しかったなどと、王室や軍が出てくる状況に簡単に間違ってると思ってしまうと。
それでも現実の私たちの社会でさえ、暴力はあらゆる政治的秩序の究極的基盤なのは間違いない。