差異化する欧州連合

前回欧州連合の古くて新しい『民主主義の赤字』という問題 - maukitiの日記続き。


さて置き、「メルコジ」なんて揶揄されるまでになったフランスとドイツの関係は、しかし欧州連合の始まりからしてそもそもよく言われてきたように同床異夢でありました。まぁそれまであった元々の関係を考えれば当然の話ではありますよね。あの悲惨な戦争への後悔と反省からヨーロッパの連邦制を夢見たドイツに対して、国家主権の下にこそあるべきだとするドゴール主義なフランスの伝統は、80年代初頭までずっと「統合推進派」と「懐疑派」として拮抗状態を続けていました。
しかし80年代の後半になるとドゴールが執心していた国家主権=全会一致という原則が崩れ始め、欧州単一市場の形成、冷戦終結による欧州連合の再定義、そしてユーロ通貨導入に至りフランス(ついでにイギリスも)は徐々にそのポジションを修正し始めます。全会一致から多数決へ。こうなってくるとその構図はかつてのような「推進派と懐疑派」というものではなく、積極的に統合を受け入れる国と様子を見る国という「コアグループと周辺国」という構図に変わっていきます。それが端的に表れたのがユーロ通貨導入国と未導入国という分裂でありました。
元々アメリカとそのドルへの対抗軸としてのヨーロッパという大目標を立てていたフランスは、発言権の確保とユーロ通貨導入によって強いフランスを(間接的に)実現できるだろうと参加し、かくしてヨーロッパ大陸の二台巨頭であった独仏が欧州連合内での中核国としてやっていく構図が決定的になりました。その独仏の協調路線はシラク大統領の再選と共に更に進行し、途中フランスの欧州憲法国民投票に失敗やシュレーダーが総選挙で敗北するなどありましたが、しかしそれでもそれぞれの次の首脳であるメルケルサルコジは前述の通り更に深い同盟関係として継続していくのでした。
ちなみにイギリスはユーロ通貨にこそ参加しなかったものの、しかしその後のブレアさんは欧州連合にかなり柔軟路線を採っていて「ヨーロッパの外に、イギリスの経済的未来はない」とまで言っていたんですよね。ユーロ導入までも語られ始めたブレアさん当時のイギリスは、しかしイラク戦争に賛成したという批難を受けて彼の政権はグダグダになってしまったのでした。逆に共同してイラク戦争に反対した結果、より仲を深めた独仏の二人と較べると色々考えてしまうお話ですよね。


ともあれ、欧州連合はこうして二つのグループに分かれたのであります。単純な推進派と懐疑派という構図ではなく、統合深化派と様子見派。それはフランスとドイツの協同歩調によってこそ実現した路線でありました。
そこに今回のユーロ危機が起きてしまったわけです。経済統合を深化したことで、結果として失敗してしまった人たち。
こうした状況にあって、その危機を乗り越えるために出された方策が、一部ギリシャの人びとからものすごく批判されているドイツの更なる『統合深化案』だったのはまぁ不思議な話ではありませんよね。独仏という中核国の持つ圧倒的な影響力に対して、最早その統合深化への反対勢力はほとんど居なくなってしまったわけだから。かくしてその新しい財政規律強化策は、イギリスとチェコが拒否したにもかかわらず、彼らを「置いていく」という選択がごく当たり前になされたのです*1


だから今回の危機を経た結果、「欧州連合は分裂する!」という見方も「欧州連合は更に統合される!」という見方も、実はどちらも正しいと言えるんですよね。危機を乗り越えようと財政協定を結ぼうとするそのコアグループの統合は更に深化する一方で、しかし危機に際し二の足を踏んでしまう様子見の周辺国グループとの差異はより大きくなっていくわけだから。一方では統合が進み、もう一方では停滞が、そして分裂がより進行することになるのです。
しかしこのような流れが想定外だったということでは――勿論ユーロ危機自体は別としても――なかったわけです。ドイツのシュレーダー前政権時代のフィッシャー外相は、拡大を続ける欧州連合の見通しについて、当時次のように述べていました。

「拡大し、したがって必然的により雑多になるEUにおいてはまさに、さらなる差異化が不可避となるだろう」*2

動きの遅い人たちに合わせるのではなくて、準備の出来た国から先に統合深化を進めていく。かくしてドイツは、今回の突発的な危機を梃子にしながら、しかし当初の予定通りの欧州連合の更なる統合深化を目論んでいるのです。その意味で、ドイツが経済危機を人質に取るようなやりようが批判されているのは、まぁ解らない話ではありませんよね。彼らはまさに「その危機に乗じて」いるわけだから。
そしてそのユーロ圏におけるドイツの立場の一方的な強さは、フランスとの協調関係こそが担保しているのでした。そりゃ『メルコジ』はお互いの選挙の応援もしてしまいますよね*3。まさにそれこそ彼らが望んだ欧州連合内での、先に進みながらルールの決定権を握る中核国=指導国という体制が出来上がりつつある故に。
まぁ逆説的に、もしサルコジさんが選挙で負けたりして独仏の協調路線が終わるとなると、欧州連合そのものも今以上に波乱万丈になっていくことは避けられないのでしょう。


ということで、もし欧州連合の将来について言及するとすれば、より統合深化が進むグループと様子見を続けるグループの二極化というように「差異化していく欧州連合」と纏めるべきなのかなぁと思います。