懲りない人たち

確かにそれは一つのポジションではありますよね。ロシアに民主主義を根付かせるのは俺たちの使命だ! なんて。まぁこの前のアラブの春はあのオチだったわけですけど。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34678
ということで、エコノミストさんちによるプーチン大統領の再登板についての、上から目線の箴言風に『プーチン時代の終わりの始まり』というお話。

 プーチン氏が抑圧の道を取らずに改革の道を選ぶのなら、まず2018年の大統領選にはもう出馬しないと約束し、新たな議会選挙の実施を提案することから始めるといい。選挙公約とも受け取れる最近の一連の新聞寄稿の中で自身が約束しているように、法の支配を確立し、経済を改革することもできる。

 地方分権化を進める第一歩として、完全に自由な地方選挙を復活させてもいい。石油会社ユコスの元社長で、現在は獄中にいるミハイル・ホドルコフスキー氏を釈放することもできる。そして、手駒であるメドベージェフ氏ではなく、抗議運動との仲裁役を買って出た前財務相のアレクセイ・クドリン氏のような、比較的リベラルな人物を首相に選ぶこともできる。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34678

まぁそう言いたくなる気持ちは解らなくはないんですけど、しかしこれってあの『アラブの春』とかなり近い構図なんじゃないのかなぁと。「西欧型の民主主義が根付くはずだ!」なんてあれだけ煽っておいて、結果はまぁ見事にそんな伝統的な政教分離とは真逆の方向へ向かっている国々について。ロシアについても、民主主義政治が根付くはずだ、なんて期待はそれこそ20年前のソ連崩壊の時から言われていたわけで。
意識の高い人たちが期待して煽れば煽るほど、しかし逆に「私たちは西欧型の真似ではなく自分たちのやり方でやっていく」なんて反発されてしまう構図。
それってまぁどちらかといえば、そんな中東の国々よりも、ロシアさんちの方が先輩ではあったんですよね。実際ロシアという文明をどのように定義するか、という議論において「スラブ派」と「西欧派」という対立は300年以上も続いているのでした。またそうした伝統的な議論において、ロシアの人々のポジションといえばそれこそ伝統的に「俺たちを西欧と一緒にするな!」という誇りでもあったわけです。


こうした構図を見ていると、やっぱりあの冷戦が始まった60年以上の昔から、ロシアとどう接すればいいのか、という疑問についてはあまり変化していないんだなぁと生暖かい気持ちになります。
ジョージ・F・ケナンさんは1951年の論文で、かつてのソ連に対してこんな風に述べていました。

ソビエトの勢力が自然に衰えたり、あるいはその性格や気質が変わり始めたら(最終的にはどちらかの結果になるだろうから)、その後登場する人々を神経質につつきまわすようなまねはしないように。われわれの『民主主義』の概念に彼らが応えるのかどうか確かめたくて、毎日その人たちの政治的立場をリトマス紙で試験するような真似は論外だ。ロシア人には時間を与えよ。ロシア人には彼らなりのやり方を認めるに限る。*1

そんなケナン先生から始まる「ロシア人なりのやり方を認める」のとは反対の立場として、むしろ欧米諸国は自らが正しいと思う方向にロシアを誘導していくべきだ、なんて議論が前回のプーチン大統領の時代にもアメリカの中でもあったのでした。


Opinion & Reviews - Wall Street Journal
その意味で、前述のエコノミストさんとは反対にWSJさんの記事ではどちらかというとより諦観に近い『プーチン氏の「即位」』という見方ではあるのかなぁと。

 反プーチン運動はここ数年のロシアで最も有望なニュースだったが、4日の偽造選挙は民主主義への移行がまだまだ先であることを示している。

Opinion & Reviews - Wall Street Journal

確かにそれは伝統的なアメリカの対ソ政策の一つではありますよね。ソビエトに対して勢力拡大は抑止しながらも、しかしその体制そのものには手を出さない。そんなケナンさんの有名な『封じ込め政策』について。ソ連に対して、ケナンさんの『封じ込め』か、それともダレスさんの『巻き返し』なのか、という対ソ政策についての伝統的な議論。



どちらにしても、こうしたエコノミストさんちの記事はやっぱり伝統的な(いつもの)民主主義賛美ポジションなお話ではあるのかなぁと。もちろん今回のプーチンさんの再登板が、そのギリギリの限界を越えてしまったからこそ、苦言を呈さざるをえなくなっているという見方もできますが。でもそれってこの前の『アラブの春』で見事に裏目に出てしまったわけだし。昔から『西欧とは違う独自性』こそを誇りにしていたロシアにやっても尚更裏目に出るんじゃないのかと思うんですよね。だから個人的にはWSJさんの方が少しは好みではあるかなぁと。それを言われた方は押し付けられているとして、また反発してしまいそうだから。
結局のところ、やはり彼らはまだ移行途中であるとのだと。
しかしまぁヨーロッパの人たちがそう期待してしまうのも理解できなくはないんですよね。だって彼らにとってロシアはお隣さんでもあるわけだから。アメリカのように海を隔てた遠くにあるわけでは決してないからこそ、彼らはそう願ってしまうという、といった要素もある気がします。それこそ私たち日本人が、お隣の中国さんが早く民主化して欲しいと素朴に願ってしまうように。
隣人は善き人であって欲しい、なんて。

*1:プーチンのロシア』P117