独裁者としては優し過ぎ、大統領としては独裁が過ぎたモルシさん

とある投票至上主義者の末路。



エジプト、暫定大統領にマンスール最高憲法裁判所長官 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
ということでエジプトさんちのクーデターであります。しかしこれが想定外の事態なのかというとそうでもなくて、結局、見事に行き着くところに行き着いてしまったなぁという感じではありますよね。ザ・予定調和。


軍が同胞団徹底弾圧、暫定大統領就任…エジプト : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
で、軍の皆さんは着々と同胞団の排除を進めているそうで。まぁこうした弾圧については劇的な体制転換――クーデターや革命の後に起きることの王道ではありますよね。つまり、いつだってその成功の後にこそ、多数の血が流れることになる。何故なら新しく権力の座についた人々は、かつてライバルであった旧主流派たちを粛正していかなければならないから。それこそフランス革命以来の伝統である革命後のギロチン祭り。最近の例で言えばトルコのエルドアンさんだって、あの劇的な政権交代以後、世俗派の最大のライバルであった軍の将校たちを次々と処分していったからこそ、それまであった軍のクーデターという連鎖を未然に抑止し、現状の(多少のデモでもびくともしない)安定した政権運営が可能となっているわけだから。
逆に言うと、そうした残酷な政治的粛清があるからこそ、そこから再び反革命の火が燃え上がってしまうわけでもありますが、しかしだからといって何もしなければ安泰ということもやっぱりない。いつだって正当ではない手段で築きあげた地位というのは、結局、同じようなやり方による挑戦を受けてしまうわけだから。
そんな不毛な連鎖を知っているからこそ、私たちはその政権の政治的「正当性」というものを殊更に重視するのです。それはつまり「過去の証明」というだけでなく、「未来への保証」でもあるわけだから。



さて置き、翻ってモルシさんはというと、この一年間そうしたことをほとんどやらなかったんですよね。彼は政治的ライバルを放置した結果、見事にこうしてちゃぶ台をひっくり返されてしまった。
何故彼は政権についた後そうした「粛正」をやらなかったのか?
――単純にそれだけの実権がなかったのか、それとも良心が咎めたのか、あるいは単に無能だったからなのか、それとも国民は勝手についてくると確信していたのか、については評価の分かれる所でしょう。


[カイロ 2日 ロイター] - エジプトのモルシ大統領は2日、テレビを通じた国民向けの演説で、自身が選挙で選ばれた正統な大統領だと主張し、法にのっとった命令に対抗する勢力を拒否するよう促した。

エジプト大統領が退陣拒否、自身の責務を果たすと強調| Reuters

軍の最後通牒を突きつけられても尚、モルシさんは「私は選挙で選ばれた大統領だ」と抵抗していたというお話をみると、個人的には彼は自らの「選挙で選ばれた大統領」というポジションをそれはもう確信していたからこそ何も手を打たなかった、というのがありそうだなぁと思うところではあります。
彼は選挙によって手に入れた自身の地位の正当性を――あたかも神の正当性の如く――確信していた。投票至上主義者。もちろんそれは大事なモノであるわけだけど、しかし絶対無欠の正義なんかではなかったのに。世の中にはそんな神の正当性なんて屁でもないと思っている人はやっぱりそれなりに居るわけで。「パワー」こそが正義だと思う人は軍には一杯居る。ところが彼は、選挙であまりにも劇的な勝利を収めたからなのか、あまりにも国際=欧米社会がその過程を誉めたたえたからなのか、自らの地位に絶対的な確信を抱いてしまった。投票結果こそが全てであると。
かくして彼はやりたい放題――国内のイスラムの推進に、経済危機にはなす術を持たず、そして(彼の考えるところの)華麗な外交活動などに邁進した一方で、足元の諸勢力に対する弾圧なり宥和なりにはまったく手を抜いてしまった。
そんなことをやっている暇があったら、今軍部がやっているように、さっさと反対派を粛清しておけばよかったのにね。


民主主義が完全に根付いている国であればそれでも良かったのでしょう。しかしエジプトはどう贔屓目に見てもそうではない。自身の就任についてだってそれは言えたはずなのに、しかし彼はムバラクさんの末路からまったく教訓を得ることができなかった。彼はその国内の反対派の粛清か、あるいは懐柔にこそ、大統領に就任してからのこの一年の間は全力を傾けるべきだったのです。
それこそ某異世界に飛んでったノブナガさんも仰るように反対派については、姫のようにあやし完全に懐柔するか、あるいはいっそ全て焼き尽くすべきだったのに。


無能か驕りか、そのどちらもしなかったモルシさん。結果として、彼は反対派を放置した挙句、その膨れ上がった反体制派に押し流されてしまった。
少なくともこの一点において、モルシ「元」大統領は、やはり政治的に無能だったなぁと思ってしまいます。まぁ「元々候補者としても本命でなかった人が棚ボタ的に権力を握ったらこうなってしまった」と言っては身も蓋もありませんし、同時にまたそんなお飾り=妥協の産物だったからこそ彼にはそれをやる権限がなかった、とも言えてしまうんですけど。