米国国民が攻撃されるよりも、派遣した米軍兵士が狙われるよりも、イスラム国家の内部で互いを殺し合わせる方がずっとマシだ

アラブの春』を見捨てたのではなく、『対テロ戦争』を完結させただけ。


過去20年間で劣化した米外交 WEDGE Infinity(ウェッジ)
ということで、マイケル・オースティン先生の身も蓋もない米国外交についての論説であります。まぁ20年来続くアメリカ外交の「失態」と言ってしまえば、おおむねその通りではあるのかなぁと。

 オバマ政権は、騙されることが分かっていながらも、外交的手続きに進み、それによって、自らの手を縛り、何か月も疑わしい交渉に巻き込まれて行くのである。今や米政府は、無意味な国連決議を受け入れている。国連決議は、シリアに化学兵器の放棄を求めるが、シリアがそれを遵守しない場合でも武力の行使には慎重である。このような意志の弱い国際決議は、アサド及び彼の庇護者であるプーチンを充分に満足させるものである。

過去20年間で劣化した米外交 WEDGE Infinity(ウェッジ)

ただ、現在まさに混沌の極みであるシリア関連のお話を色々見ていて思うのは、やっぱり別の見方もあると思うんですよね。多少陰謀論的ではありますが、アメリカは「あの」失態によって、むしろ彼らは安全を買えているんじゃないかと。アメリカは脅威を無視するよりも、軍隊を派遣するよりも、ずっとコストの安い方法で「安全」を買う方法にたどり着いている。あの地が混乱すればするほど、アメリカが狙われることは少なくなるだろうというのは――道義的責任を無視すれば――おおむね間違っていませんよね。
実際、外交戦略の歴史を通じて生き続けている基本戦略でもあります。強力な相手に直接に立ち向かうより、相手の内部を混乱させておけばいい、なんて。


イスラム過激派のターゲットを現地政府・国民にしちゃえばいいじゃない。


そもそもあの『9・11』を引き起こしたビンラディンさんにとっても、アメリカへのテロ攻撃は最終的な「目的」そのものではなかったわけです。むしろそれはアラブ地域にイスラム国家樹立のドミノを引き起こすための「手段」に過ぎなかった。アメリカの威信を低下させれば、結果的にアメリカの同盟国や援助を受けている(堕落した)アラブ諸国の国家体制を揺るがし、各国国内に居る過激派を勢いづかせ、ひいてはアフガニスタンのようなイスラム国家を作ることができるだろう、と。まぁ気の長いお話ですよね。
その意味で、現状は彼が描いたシナリオに、そこそこ近い展開になっているんですよね。まさに現状のシリアがそうであるように、イラクでもアフガニスタンでもエジプトでもサウジアラビアでも――というか多かれ少なかれ中東・北アフリカのほとんどの国で同様の構図を抱えている。それは「あの」アメリカの大失態と、そして『アラブの春』という民主化運動によって決定的な構図となった。
イスラム世界の国家内部こそが、イスラム過激派との戦いの最前線に。
戦いのステージは最早、そうした国家内部での「穏健派及び世俗派」対「過激派」という構図になっていて、欧米諸国はただただそれを遠巻きに見つめているだけ。だからそうした第三者となった国々が、シリアのような凄惨な内戦や、あるいはエジプトの弾圧などに、積極的に関与しようとせず傍観を続けるのも一理あるのです。結局、彼ら欧米諸国のこうした傍観っぷりを理解する為には『アラブの春』というだけでなくて、『対テロ戦争』という文脈でも同時に見なければいけないのだと思います。つまり、二つの出来事が、対テロ戦争アラブの春が交差した果てにあった風景として。


皮肉にも、『アラブの春』によって『対テロ戦争』を完結させるための舞台が整うことになった。その意味で、一部独裁者たちが非難したように「アラブの春は欧米の陰謀だ!」というのは、それが真実かどうかは別として、実はなかなか的を射た言葉だとも思うんですよね。
だって欧米諸国にとって、遠く離れた土地で勝手に殺し合わせておく方が、自身が狙われるよりもずっとマシなのだから。



シリアやイラクなどで忙しいアルカイダをはじめとするイスラム過激派は、もう欧米諸国を狙う暇はなくなった。少なくとも現状の混沌状況が続いている間は、ずっと少なくなったといっていい。その意味で、現状が『アラブの春』にとっては悪くても、しかし『対テロ戦争』にとっては必ずしもそんなことない。
危機を軽視したクリントンさん、危機を強引に叩き潰そうとしたブッシュさん、そして危機は遠く離れた外国内部で続けさせようとするオバマさん。
確かにどれも劣化といってしまうことも出来ますけども、同時にこれは米国外交の進歩とも言えるんじゃないかと。米国国民が狙われるよりも、米軍兵士が狙われるよりも、イスラム国家の内部で殺し合わせる方がずっとマシだ。




アラブの春』と『対テロ戦争』の果てにあった、冷たい方程式によって導かれる光景。
みなさんはいかがお考えでしょうか?