帝国の復讐

一体「ロシアを復活させたのは誰か?」問題。


「帝国」が崩壊して「冷戦」が終わる ロシアを突き動かした屈辱感 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル
非常に面白いお話。古今東西古い帝国が去る際には激しい争いが起きるのは歴史的には自明ではあったものの、しかしこれまでの(クリミア併合以前までは)ソ連崩壊はそれが予想に反して平和裏に進んだ例外事例だとも言われていたんですよね。

 今回の出来事は、ソ連という「帝国」が崩壊する最終段階にあたると考えるからです。「帝国」は、衰退する過程で様々な問題を引き起こします。第1次世界大戦前後までに「帝国」は世界の他の多くの地域で消え去りましたが、ソ連と中国は、その後も「帝国」の特徴を維持し続けてきました。

 歴史の大きな流れからみると、今回の侵略は、その帝国が崩壊する際にしばしば生じる、血なまぐさい事件の一つだと思います。それは同時に、「冷戦」が、名実ともに終わりを告げようとしていることも意味しています。

 ――冷戦が終わったのは、1989年にベルリンの壁が崩壊し、米ソ首脳が冷戦終結を宣言した時ではないのでしょうか。

「帝国」が崩壊して「冷戦」が終わる ロシアを突き動かした屈辱感 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル

逆説的にそうした成功体験がアメリカの=及び所謂ネオコン派たちの成功神話として認識されることで、ポスト冷戦時代のアメリカの迷走に繋がっていくし、更には『現状維持プラス』という父ブッシュやクリントン時代の外交政策のように、例えば両大戦後にあったような国際戦後秩序を生み出すような機運が生まれることが無かったことのツケ*1を国連の機能不全という形で私たちが今支払っているんですけれども、それらはまた別のお話。
ついでに言うとその例外的成功に酔ったのはヨーロッパでも同様で。だからこそ冷戦終結後にロシアをまずはG7に加え、更にはNATO加盟(東方拡大)させやがてはEUとして一緒になる、なんていう今考えると頭おかしいバカみたいに楽観した未来さえ夢見てしまったわけでしょう。
ところがぎっちょん、そうはならなかった。おわり。
――だったらまだマシで、その楽観に基づく東方拡大を見たプーチンが反発しているのが2022年の国際関係でもあるわけで。



ともあれ、最近もこれと似たお話を『帝国の興亡』のドミニク・リーベン先生が語っていて、こちらも非常に面白かったんですよね。日記ネタにしようとしていたもののタイミングを逃していたパターン。
歴史学者ドミニク・リーベンが解説する「“帝国の崩壊”という観点からみたウクライナ侵攻」 | 「ソビエト帝国の無血解体」という奇跡への代償 | クーリエ・ジャポン
ここで彼は、第一次世界大戦後のドイツをアナロジーに、一連のウクライナ侵攻は帝国崩壊への復讐であると指摘しているわけで。

今回のウクライナ侵攻は、旧ソビエト防衛組織にとって30年にわたる恥辱、後退、敗北への、遅れてきた復讐なのだ。 西洋の観点から見れば、ソビエト共産主義の無血に近い解体は、ほとんど夢のような話であった。この物語は、「現代西洋文明は歴史の終わり(完成)であり、自由主義的価値観の勝利の印である」という信仰──1914年以前のヨーロッパへの恐るべき追憶──を強化したのだ。 しかしロシア人にとって、1990年代は決して理想的な物語などではなかった。経済と政治組織は解体される。平均寿命は急激に落ち込む。2500万人ものロシア民族が突如としてロシア国外在住となる。ロシアは超大国から、物乞いへと落ちぶれたのだ。 多くのロシア人がプーチン大統領を愛しているのも驚くには当たらない(これほど大きな理由もないアメリカ人たちでさえ、「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」のスローガンの下にドナルド・トランプを選んだのだ)。

歴史学者ドミニク・リーベンが解説する「“帝国の崩壊”という観点からみたウクライナ侵攻」 | 「ソビエト帝国の無血解体」という奇跡への代償 | クーリエ・ジャポン

上記ではアメリカやヨーロッパの――今にして思えばまったく能天気な――楽観を割とバカにして書いていますけども、しかしそれは当時にしてみれば、少なくともリベラルな立場からは割と一般的な認識ではあったんですよ。
何しろロシアは、そのソ連崩壊以後最早回復不可能だというレベルにまで崩壊したと誰もが思っていたんだから。その崩壊具合は経済規模で言えばソ連崩壊によって半分近くにまで落ち込んだわけで。
ところがそれをプーチンが復活させ再び大国を名乗るようになった。
富めば鈍する - maukitiの日記
ただそれはロシア経済をこれまで見てきた内外の専門家たちがほとんど一致しているように、プーチンの手腕というよりは概ね原油価格高騰がほとんど全ての理由でもあるんですけど。そしてそれ故に根本的な経済改革も失敗してきた。
どちらにしても、上記引用文にもあるようにアメリカのトランプでさえMAGAな空手形であれだけの支持を得たんだから、いわんやプーチンをや。


復活した帝国による復讐。
ロシア国債 一部の利子未支払いと認定 金融市場から締め出しも | NHK | ロシア
まぁその視点で言うと、日頃はあまり評判のよろしくない欧米の『経済制裁』も割と正攻法で効果的なんじゃないかと思うんですよね。つまり、ロシアを復活させたというプーチン大義名分を根本から揺るがすものでもあるから。
メルケル前独首相、ウクライナとの連帯表明 沈黙破る=関係筋 | ロイター
――前回日記でも書きましたけど、この復活した帝国の復讐という論立てでいくとそんなロシア産の原油やガスをバカみたいに買っていたヨーロッパ諸国の責任=特にメルケルさんの罪はかなり重いモノにもなるんですよねえ。

共産主義圏の旧東ドイツに育ち、ロシア語も堪能なメルケル氏は、ロシアからのガスパイプライン「ノルドストリーム2」を推進したことについて米国などから批判を受けていた。ショルツ現首相はパイプライン稼働の手続きを停止している。

在任中のメルケル氏はまた、ロシアがウクライナからクリミアを併合し、ウクライナ東部で紛争が始まった後もロシアのプーチン大統領と対話を続ける必要性を訴えた。

今年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始したことを受けて同氏は国際法の明白な違反は正当化できないとする短い声明を出したが、その後の沈黙が批判を招いていた。

メルケル前独首相、ウクライナとの連帯表明 沈黙破る=関係筋 | ロイター

単純にロシアに融和的だったというだけでなく、まさにゼレンスキー大統領も指摘しているように、ロシアの軍は結局のところロシア産の資源を買っていたお金で用意されたものなのだから。



帝国を復活させたのは誰か? 問題。

  • ソ連があんなにあっさり無血敗北しなければ。
  • ヨーロッパがバカみたいに楽観的になって東方拡大しなければ。
  • アメリカが冷戦後の新しい国際秩序構築に真面目に取り組んでいれば。
  • 原油価格高騰でロシアの経済が復活さえしなければ。

どれか一つでも違っていればロシアは復活はしなかったかもしれないのにね。
しかし現代世界に生きる私たちがこれまで見てきた通り、静かに死んだロシアでは大量の核兵器が温存され、ヨーロッパは恒久平和を求めて東方拡大していき、国連は再び冷戦時代のように機能不全を起こし、そして必然の運命の如くグローバル経済な世界では資源価格は致命的に高騰し、それを安価に買い求める人たち(その半分はヨーロッパ人たち)の手によってロシアは帝国として復活した。
そして復活した帝国が何を始めるかというと……。


みなさんはいかがお考えでしょうか?
 
 

*1:これは本邦の憲法問題もそうだよね。