ところかわれば「歪曲」「修正」内容も変わる

歴史ってむつかしいよね。


被爆地訪問の要請を削除 中国の「歴史歪曲」主張で - 47NEWS(よんななニュース)
NPT最終文書案:中国大使「歴史の歪曲が日本の目的」 - 毎日新聞
ということで愉快な中国さんちのお話であります。

【ニューヨーク共同】核拡散防止条約(NPT)再検討会議の主要3委員会がまとめた最終文書素案のうち、世界の指導者らに広島、長崎の被爆地訪問を要請する部分が、12日に各国に配布された素案の改定版から削除された。中国の傅聡軍縮大使は11日、被爆地訪問要請の文案について「歴史を歪曲するものだ」として削除を求めたことを共同通信に明らかにしており、改定版からの削除は中国側の主張を受けた措置とみられる。

被爆地訪問の要請を削除 中国の「歴史歪曲」主張で - 47NEWS(よんななニュース)

うーん、まぁ、そうね。周恩来さんとかの有名なお言葉*1はともかくとして、現代中国さんちの基本的ポジションからは外れていないと思う所ではあるかなぁと。九段線の騒動と同じでそれが外国に通用するかは別問題なんですけど。核兵器どうこうというよりは戦勝国ポジショントーク
――つまり直接にどうこうというよりは日本の被害者面を強調することが間接的に「やがて」歴史歪曲・歴史修正へと繋がる故に反対である、と。被害者としての日本の面が強調されることは、やがて自らの(国内的な)政治的正当性への瑕疵にも繋がりかねない。この展開を論理のトンデモ飛躍と言えば概ねその通りなんだけれども、しかし彼らは彼らで大真面目なのでしょうね。
そんな中国さんちの切実なポジションからすれば、確かに言っている事に論理性はあるのだと思います。『和解』の失敗事例において「敵」の苦痛に共感を示すことができないのは、悲しいことに、人間社会に普遍的な光景でもあるわけだし。であるからこそ和解は失敗するのだし、だからこそ逆説的に相手の苦痛に共感を示すことは和解過程において重要な役割を果たすのです。

傅聡・中国軍縮大使は「第二次大戦の被害者であるかのように歴史をゆがめることが日本の目的」と述べ、「歴史の歪曲(わいきょく)」という文脈から日本の提案を批判しており、安倍晋三首相の戦後70年談話を念頭に置いた日本へのけん制といえそうだ。

NPT最終文書案:中国大使「歴史の歪曲が日本の目的」 - 毎日新聞

一方で『和解』するということは、過去一時期にあったはずの歴史認識を修正(歪曲)するということでもある、と信じている人も居たりする。


実際アメリカ大統領だって何度言われても訪問していないしね。さすがにここまでぶっちゃけたことは言うことはまずありえませんけど。結局、現実の国際関係においてアメリカと中国にあるのは「程度の問題」だと言ってしまうと身も蓋もありませんが、まぁその程度の差こそが大問題とも言えるのかもしれない。


ともあれ、ホロコースト否定論といった代表的な敗戦国側の歴史修正主義が有名ではありますけども、一方で戦勝国側でもフランスの戦後にあったドゴール主義への批判的検証なんかも歴史修正主義と批判されていたし、あるいはイスラエルでの建国過程=第一次中東戦争についてパレスチナ寄りの批判的検証も歴史修正主義とレッテルを貼られて黙らされたりしているんですよね。
ただ歴史を修正するだけでなく、その被害を直視しようとするのも歴史修正主義
かくして両者は同じ顔で叫ぶのです「歴史歪曲に繋がる故に反対である」なんて。
えーい、どっちやねん。
ところ変われば、何が歪曲で何が修正か変わる。


いやぁ歴史ってむつかしいよね。

*1:「日本国民も軍国主義の被害者である」