米国大統領の「暗殺と無人機爆撃はセーフで、拷問はアウトだ」という倫理観

オバマさんが語ったことと、語らなかったこと。


米国人の約半数、「CIAの尋問手法は正当だった」 米調査 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
ということで話題のCIA拷問騒動で、米国内での面白い世論調査の結果が出ていたそうで。

報告書で明らかになったCIAのおぞましい尋問手法に、国際社会からは非難や関係者の訴追を求める声があがっている。

 だがピュー・リサーチ・センターの調査結果によれば、米国内では51%の人々がCIAの尋問手法は正当なものだったと答え、56%がこの手法によって「テロ攻撃」の阻止に有益な情報がもたらされたと考えていた。CIAの尋問手法は正当なものではなかったと回答した人は29%だった。

 上院特別委が報告書を公表したことについての是非は分かれ、公表は正しかったとの回答が42%、公表すべきでなかったとの回答が43%で、分からないとの回答は15%だった。(c)AFP

米国人の約半数、「CIAの尋問手法は正当だった」 米調査 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

でもまぁこうした結果が出るのはそれなりに予想できたお話ではあるんですよ。ここで重要なのは、別に多数のアメリカ人が異教徒は人間ではないから拷問してもOKといった差別的な人権意識のクソさ加減という単純な理由だけではなく、つまり、彼らは今を通常ではない『戦時』に近いモノと捉えているかどうかがここでの『拷問』という手法についての容認・黙認に繋がっているのだと思うんですよね。
――第二の『9・11』を防ぐためならば仕方ない。
もちろんこうしたウォツルァー的正戦論における「最高度緊急事態ならば許される」というジャックバウアーな考え方こそが最悪の地獄へと続く道なのだという批判には、それはそれでものすごく同意するしかないんですけど。ただこうした考え方はただ右派というだけでなく左派な人たちにも等しくあるわけで。それこそ本邦でも最高度の緊急事態である『フクシマ』故に超法規的行動を取るべきだと訴える人は今なお一杯いますよね。
こうした背景事情をまったく勘案しないまま、外野からアメリカ国内の人びとの感覚について当事者でないのにアレコレ言うのはあんまりフェアではないかなぁと。



CIAの拷問レポート、公表をめぐるバトルが過熱 背景には共和党の調査委員会支配 | ハフポスト
ともあれ、個人的にこの件でひたすら愉快だと思うのはオバマさんが自分のやったこと=無人機爆撃の許可やビンラディンさんなんかを裁判なしに暗殺したことなんかは棚に上げて、一方でこうして強化訊問=拷問を非人道的だと非難している点であります。国内政争による政治的意図というのはその通りですよね。
それこそあの特殊部隊による要人暗殺や、あるいは無人機爆撃の許可をまさに「平時でない」からこそオバマさんは許可したんじゃないのかと。

オバマ大統領は9日の声明で次のように述べた。「報告書で明らかになったことは、アメリカ国外の秘密収容施設でテロ容疑者に行われた心が痛むような強化尋問プログラムだ。この報告書は、私が長年持っている考えさらに裏付けるものとなった。こうした過酷な手法が、国家としての我々の価値観に矛盾するばかりか、我々の拡大する対テロ活動や国家安全保障にも役立っていない」

オバマ大統領はさらに「そのため、私は引き続き大統領としての権限を行使し、我々が二度とこのような手段をとらないようにする」と付け加えた。

CIAの拷問レポート、公表をめぐるバトルが過熱 背景には共和党の調査委員会支配 | ハフポスト

それなのに今回の拷問については「心が痛む」と言っているオバマさん。(ターゲット本人だけでなく無辜の現地住民を巻き込む副次的被害の出る可能性がかなり高い)暗殺や無人機攻撃だってそれと同じか、あるいはそれ以上に心が痛むと思うんですけどね。
――ていうか拷問はアウトでも、暗殺や無人機爆撃はアメリカ的価値観に矛盾しないセーフなんだ? と皮肉を言いたくなってしまいます。
いやまぁ私たち日本の立場からすれば、史上類のないレベルの無差別大爆撃に最終的に核兵器まで落とされた、世界で最もアメリカの真の恐ろしさを実体験として知る当事国の一つでもあるので「そらそうよ」と言うしかないんですけど。その意味で今回のニュースで重要なのは、彼が語ったことだけではなく、むしろ語らなかったことの方も重要なのではないかと思います。




話はちょっと変わってCIAの反論について。
もちろん上記引用した発言の中でも述べているように、その『拷問』あるいは『強化訊問』が意味がなかったのならば、当然それは「別の意味で」非難されて然るべき無為な行為であるでしょう。でも単なる犯罪捜査と違って、CIAなどの諜報機関が担う役割って警察なんかとは決定的に異なるわけで。そもそも彼らのような諜報機関が目指すのは徹頭徹尾「次の事件を起こさせないこと」であるんですよ。次の攻撃があれば敗北であり、何もなければ勝利である。

しかし、CIAはこの結論に反論している。CIAは調査委員会の概要が公表された際におよそ100ページの公式回答書を発表し、CIAは厳しい取り調べの手法は効果的だったとしている。

回答書の中でCIAは「拘置所内で拘束者から得た情報の積み重ねで、CIAが敵側への戦略と戦術的理解を向上させ、今もなお対テロ活動に情報を提供し続けることができている」と述べている。

また、「CIAが譲歩して拷問を禁じたとしても、厳しい取り調べ以外の方法で有益な情報を得られたかどうかはわからない」と主張している。

CIAの拷問レポート、公表をめぐるバトルが過熱 背景には共和党の調査委員会支配 | ハフポスト

故にCIA側の反論はそれなりに説得力はあるのです。次のアメリカへのテロ攻撃を予期できずに成功させてしまった故に「拷問に意味はなかった」というのは正しい指摘と言っていい。でも、まさに現状が概ねそうあるように、「未だ『9・11』に続く大規模テロ攻撃が米国で起きていない」ことは拷問による情報収集の成功の証左だと主張するのは確かに論理としてそれなりに正しいのです。
新たなテロ攻撃が「起きた理由」を説明するより、それが「起きなかった理由」を説明するのはずっと難しい。
そう考えるとCIAの反論は無敵過ぎる面は確かにあるんですよね。拷問の成果かもしれないし、そうではないかもしれない。きっと真実は複雑に要因が絡み合っていてきっぱり分けることなんてできない以上、そう抗弁されても反論するのは難しい。



前半で書いた緊急事態における「拷問の是非」についてと、後半の「拷問の効果」について。これらはやっぱり分けて考えるべきだよなぁと。
それぞれ、みなさんはいかがお考えでしょうか?