絶対権力黙示録

「穏やかな独裁者」を生む人たち、を生む苦しい時代。


なぜビジネスマンは政治家に向かないのか : 地政学を英国で学んだ
政治家とビジネスマンの根本的な違いについて。敢えて政策決定スピードを抑える点こそに目的を置いた現代「民主主義」と、一方で意思決定スピードがかなりの面で勝敗を分けるビジネスマンたち。確かに掛け離れた両者ではありますよね。
その一方で、『政治的コネ』という意味では両者はかなり密接な関係にあるのもまた否定しようのない事実ではあるんですけども。

一つは、現在のアメリカの政治に原因がある。長年にわたって大統領府と議会との対立的な関係は決定的となっており、満足した統治ができない状態になっている。アメリカは負債でデフォルトに近づいたり、国際的な協定に合意しづらい状況に陥っている。

言い争いばかりをしている党に対するフラストレーションこそが、トランプ氏に近いような政治的な人物を台頭させる原因となったのだ。イタリアのビジネスマンで首相になったシルヴィオ・ベルルスコーニ氏は、道化でありながら監督でありつつもペテン師という役割を演じていた。ところが彼は有権者たちに政治の霧を取り払う道筋を示したおかげで支持を得たののだ。

なぜビジネスマンは政治家に向かないのか : 地政学を英国で学んだ

ともあれ、不況が長期化すると巨大な権力を手に入れるため人心の不安につけ入る、扇動的な政治家が登場する場合があるのは、まぁ歴史が教えてくれる所ではあります。
――ここで重要なのは、そうした人たちが唐突に登場するのでは決してなく、むしろ(スケープゴートを示す等)シンプルに事態を収拾してくれるような権力者を望む人たち、の希望こそが前提にあるわけで。実際、プーチンさんや習さんの振る舞いについて、ある種の憧憬を持って語る人は民主主義国家でも内外問わず少なくないわけだし。


かつてある独裁者は次のように語っていました。

「我々の大運動の最大のミッションは、困惑して何かを求めている大衆に、新鮮で揺るぎない信念を与えることなのだ。この混沌とした時代にあって人びとを見捨てず、人々が誓い従うことができる信念があれば、人々は少なくとも安息の場所を再び見出すことができるだろう」

ナントカの尻尾のような人たちが、また出てこないといいね。


それでもアメリカについて楽観論を言えば、あの大恐慌の時代ですら今と同じ様に「穏やかな独裁者」が望む声がありながら、しかしアメリカはルーズベルトを選んだ過去が現実にあるわけで。革命も独裁も回避できたアメリカ。不平等も人種差別もまぁヒドイ国ではありますが、しかしそれでも、どうにか一つの国としてやっていける辺りアメリカの強みでもあるのでしょうね。



みなさんはいかがお考えでしょうか?