(我々にとって)マスクとはいったい……うごごご!

ただの気休めな日用品なのか、医療品か、あるいは公の場に出るときは欠かせないエチケット、もしくはある種のドレスコードなのか。



マスク「大量買い占め」騒動 ネット転売は本当に「消費者のため」になるのか? | 文春オンライン
マスク不足でパニック続く…1カ月で在庫「10億枚」が尽きる、消費者庁「転売やめて」 - 弁護士ドットコム
マスク転売で割と騒動になっているジャパン社会のお話。

 転売やダフ行為で利益を得る人々がいる一方で、その規模拡大は、流通やサービス運営側に大きな影響を与える。小規模ならば「必要悪」で済んでいたかもしれないが、大規模の経済の中では、その影響が、転売を行っている人々の想定を超えて大きなものとなっているのだ。

「買えない」という状況は、ただでさえ摩擦を生み出す。転売によってその摩擦を大きくすることは、誰のためにもならない。

マスク「大量買い占め」騒動 ネット転売は本当に「消費者のため」になるのか? | 文春オンライン

うーん、まぁ、そうねえ。
「転売がヤバいよね~」というお話としては理解できますけども、けど今回のそれが殊更に話題になっていることの本質って、別にコンピュータによる高速取引があるからでも、あるいはメルカリなどの個人用売買サイトの普及というわけではないとは思うんですよね。
文中でも言及されているように、どちらもチケットや福袋やゲーム機などなど、元々あったものでしかない。


では何故それが今回はこうして大きな話題になっているのか?
その転売対象となっているのが、我々が愛してやまない「マスク」だからという点に尽きる、のではないかと。


重要なのは――もちろん私たち個々人のご意見ご感想それぞれポジションで細分されるものの――転売されて「許せる」モノと「許せない」モノがあるわけでしょう。
みんなだいすき()マイケル・サンデル先生風に言うのならば、「それをお金で買いますか?」である。


もちろん私たちは普段からマスクをお金で買っているとマジレスすることも可能ですが、かといって金銭で購入する商品やサービスすべてがそのまま転売やオークションでお金持ちから優先で手に入れることができる商品、だと定義することにまぁ否定的になるのも大多数の主流意見でもあるのも間違いない。
食料品などの生活必需品*1や医薬品、あるいは公営サービスなどはそもそも社会に広く行き渡すそれ故に価格が抑えられているわけで。
それをそのまま「需要と供給」の市場論理によって価格を著しく上下させるのは適切ではない、という意見はまぁ真っ当なポジションだというしかない。
むしろ何でもかんでも金を多く払ったやつを優先させろ、という市場原理主義な方が少数派ですよね。




この転売の是非の議論で『チケット』が話題になるのは、それがしばしば「ファンへのサービス」であるという点でしょう。
この日記タイトルの元ネタの伏線回収をするならば、例えば私がプレイしているオンラインゲームのFF14でも定期的に行われているリアルイベントのファンフェスティバルのチケット購入はそれはまぁ世界中で狭き門で発売即売り切れになるんですが、それでも運営は「だからといって」価格を吊り上げたりしないわけですよ。
だってそれはあくまで富める者も貧しい者も等しく同じに扱うファンたちへの贈り物でもあるから。
それで儲けるつもりはないと吉田Pが何度も言及しているように。

ロックコンサートの経済学をめぐる『ニューヨーカー』誌の記事で、ジョン・シーブルックはこう指摘している。
(中略)
「レコードは商品だが、コンサートは社会的行事であるため、ライブコンサートの体験を商品にしようとすれば、それを台無しにするリスクを冒すことになる」*2

「売り切れ必死」になると解っていながらも、価格をあえて抑えて販売するというのはまぁ普遍的な構図でもあるわけで。。
だってそれを高値で転売されてはよりファンを近づけるための施策が逆効果になってしまうから。
かくしてコンサートのチケットは、ただの商品という枠を越えて転売対策が進んでいる分野の一つともなっている。




転じて、では「私たちはマスクを転売することを許せるか?」というのが今回の騒動の本質だと思うんですよね。
個人的なポジションを聞かれると……、うーん、普段あまり使わない人間なのでどうでもいい答えにくい質問だなあ。
ただ、積極的に同意はしないものの、私たちの社会に浸透しきっているソレを転売しようとすることで社会の怒りを買う、という構図自体は理解できるんですよね。


もちろんそれは絶対必要な生活必需品ではないし、かといって医薬品というわけでもない、それこそマスクの予防効果なんてたかがしれてるともうずっと言われているのに、それでも手放さないのが私たち日本人の行動でもあるわけでしょう。
しかし、それでも、かたくなに公の場でのマスク着用こそ良識であると信じている私たち。
実際それは予防効果はともかく、自分から伝染す可能性を減らすという意味での予防効果があるのは間違いないみたいだし。
やはりマスク着用はエチケット! 
なんならドレスコードである!
そんな私たちに必要不可欠なマスクを、品薄だからって転売するなんて……。


かの日本人は激怒した。
かならず邪知暴虐なマスク転売屋を除かねばならぬと決意した。



かくして少なくない人たちのココロの琴線に触れてしまったのは間違いないんじゃないかと。
そらそうなるよ感。
なのでやっぱり怒りや不満としては理解できるんですよね。マスクの存在が生活に重要だと考える日本人の私たち。




まぁこれまで誰も彼もがマスクを日常的に身に着けていることで「ここがヘンだよ日本人!」的な扱いをされていたはずが、コロナ大流行のおかげですっかり世界のスタンダードになっているのはちょっと笑えるよね。
ただ転売の是非ではなく、「マスクを」転売することの是非について。
――そして我々にとってのマスクの存在意義とは、ただ便利な道具というだけなのか、気休めか、あるいはエチケットなのか、それともドレスコードですらあるのか。


我々にとって、マスクとは一体なんなのか?
みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:東日本大震災では被災時には必需品となる「電池」が高値転売されて批判されたりしましたよね。

*2:『それをお金で買いますか』第1章「ブルース・スプリングスティーンの市場」