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いつもの「人の嫌がることを進んでやります」案件

信頼感と失望のあいだ。




リスコミの問題を生んだのは誰?/『若手記者が記した、「科学を振りかざしてこれが真実だと言われても」というツイートが批判されている』と西本秀朝日新聞記者 - Togetter
某新聞記者サマによるありがたいお言葉が炎上していたそうで。


うーん、まぁメディアにそうした役割が求められている、という点では同意するしかないお話かなあ。
当日記でも何度か書いてきたお話ではありますけども、この放射性物質関連がそうであるようにどんどん高度に複雑化していく専門知識と私たち一般人の持つ知識との乖離は、あらゆる分野で大きくなっているわけで。
例えばかつては「ユーザー自身で修理できた」自動車なんかのように、しかし現代ではATに電子化にともう手が届かなくなってしまいつつあるんですよね。
ということでそうした専門知識とエンドユーザーにある「ギャップ」を、適切に、解りやすく、埋めてくれる存在は現代社会ではより重要になっている。
メディアはその筆頭候補である。Q.E.D.
で、現代メディアはそうした行為を適切にこなしているのかと聞かれると……。


ここで重要なのは、実際の専門知識がない以上、私たちエンドユーザー側としてはほとんどそのままその言葉を信用するしかない、という点でしょう。
もし間違ったことを言っても、コストの面からそれをすぐに確かめることはできない。
つまりその役割は私たちが信頼することによって支えられている。
まさか扇動や不安感につけこんだりしないだろう、と。
メディアがそう言っているのは、科学と安心感のギャップを真摯に埋めてくれているからなんだね!!

私は問題ないと思う。

『3・11』や『ワクチン』の報道を見てそう思う人はどれだけいるかなぁ~???


失敗しているどころか、むしろそのギャップを悪用しているのではないか。
――というのが日本にとどまらず世界全体で吹き荒れている反メディアなトレンドでもあるわけで。
そういう信頼から失望に振れてしまっている状況下で「私は問題ないと思う」と発言をしてしまったら炎上しないわけがないよねえ。




ここでそもそも論的にちゃぶ台返しするならば、上記twitterで語るに落ちていて大変愉快なのは「科学が説明する安全と、人々が受け止める安心のギャップをどう埋めるか、風評被害やリスクコミュニケーションの課題」と自分で言っておきながら、その前言で「言葉足らずな表現」と認めていることでしょう。
――つまり、この『若手記者』が言葉足らずな表現によって、事実上その課題を克服できていないと認めていながらも、しかし最後には「私は問題ない」と結んでいる。
たった一つのツイートの中でここまで矛盾しているなんて。
支離滅裂過ぎない???
いやまぁ「風評被害やリスクコミュニケーションの課題」を克服するのは自分たちの仕事ではない、と敢えて言い切るのであれば若手記者について「私は問題ないと思う」と結んでも何の問題もないとは思いますけども。
そうそう、「放射能がくる!」「ワクチンは危険!」と叫び続けるのがイエロージャーナリズムの真髄だもんね。



結局のところ「私は問題ないと思う」がこの炎上騒動の焦点だよね。
誠実なメディアとしてならば、僕は問題あると思うよ。
イエロージャーナリズムならば、僕も問題ないと思うよ。それで自分がいっぱいお金をもらえるなら尚更。


みなさんはいかがお考えでしょうか?