ならばその優しい侵略者を屏風から出してください

はたして無抵抗で無血開城すれば現地住民は救われるのか問題。



第110回:私たちは軍事国家から侵略を受けたときに、それに対してどう向き合うべきか(想田和弘) | マガジン9
うーん、まぁ、そうねえ。
個人的にもミクロな視点での「逃げれば命が助かる」という選択肢は、今回のウクライナを見ても一理あるとは思うんですよね。もし僕がその他のヨーロッパで生きていくだけのスキルがあり、あるいは守るべき親類家族も何もないのであればさっさと逃げていたかもしれないなあ。今回もウクライナからいち早く逃げ出した富豪たちがニュースになっていましたけども、血も涙もないグローバルな新自由主義っぽくて口に出すことは憚られます。
だからといって、マクロな視点では誰もが戦わずして何もかも捨てて逃げてしまえば結局現地の文化や社会や何もかもが失われてしまう。
ミクロでは合理的な行動がマクロな利益に結びつくとは限らない、見事に合成の誤謬っぽくてちょっと面白いです。

たとえばウクライナ軍が一切応戦せず、逃げたい国民はすべて国外へ逃し、いわゆる「無血開城」をしていたら、どういう展開になっていただろうか。

 応戦しないのだから、ロシア軍による発砲は一切なくなるか、最小限に抑えられるだろう。ゼレンスキー大統領は失脚するだろうし、ウクライナはロシアに併合されるかもしれない。しかし街は破壊されないし、人々も死なない。原発も攻撃されることはなかっただろう。

第110回:私たちは軍事国家から侵略を受けたときに、それに対してどう向き合うべきか(想田和弘) | マガジン9

ほんとでござるか~???
先日も通常日記で言及したように、『3・11』で被災した原発によって避難させられた現地住民の苦難について散々語っていたはずなのに、国外へ逃げたり占領されても日常生活はほとんど変わらないと無邪気に考えているのはちょっと彼の愉快な世界観が垣間見えて面白いよね。
僕はおそらく最も「アタリ」の部類であろう米軍に占領されても――イラクアフガニスタンを見ればわかるよね――生活は一変するだろうと思うし、ましてやロシアや中国なんかに占領されたら一体何をされ、何をさせられてしまうのか。




「戦争になったらさっさと降伏しよう」論へのカウンターの一つ - maukitiの日記
ちなみにこの辺のネタって、ほとんどそのまま既に日記ネタにしたことのあるお話でもありまして。まさかこのネタが本邦のニュースで真面目に語られる日が来るなんて書いている本人も思わなかったよね。

しかし今回ルッテ氏は、オランダ政府がナチス占領下で、ユダヤ人などの迫害に役割を果たしたと初めて認めた。

ルッテ氏は追悼行事で、「私たちは、どうしてこれが起きたのかと自問する」と述べ、こう続けた。

「全体として、私たちがしたことはあまりに少なかった。十分に保護せず、助けず、認識しなかった」

オランダ首相、ナチス虐殺で初めて謝罪 ユダヤ人保護せず - BBCニュース

ごくごく自然に考えれば、積極的に反抗しようとした人たちが居たのと同様に、占領当時の他のオランダ国民たちの生命財産を守るためにと(内心の抵抗したい気持ちを抑えて)オランダ当局で協力しようとした人たちも当然居たわけで。
かくしてドイツから命令されたユダヤ人抹殺指令を唯々諾々と従った、従わざるをえなかった、大多数のオランダの人々。

「戦争になったらさっさと降伏しよう」論へのカウンターの一つ - maukitiの日記

私たちは上位権威者から理不尽な命令を受けても、しばしば、集団の利益の為だと言いながら――ひいては自分の利益のためである――それに従ってしまう。
そうした過去のドイツやソ連から最近のロシアや中国まで、侵略国家たちが『占領』や『併合』した土地で一体何をやったのかということを考えると、個人の生命財産を守る為だからとそう簡単に「無血開城」を勧めるのは難しいよね。。
そして、平和ボケした私たち日本人とは違って、現代のヨーロッパ諸国と旧ソ連時代の構成国たちは「占領された際に一体何をやらされることになるのか」を大前提とした歴史観・世界観の上に生きている。
文字通りの意味で「侵略する側」だった日本人だって、少し歴史を勉強すればかつて東南アジアや朝鮮半島など占領した場所で散々悪行を働いたことを知っているはずなのにね。
悲しいことに『真珠湾をやった』私たち日本というのは、無血開城した場合その後の現地住民たちが一体どんな目に合わされてしまうのか、についての負の歴史の方を証明してしまっている。




もしかして想田さんは旧日本軍が本気で占領地で現地住民の為になることをやっていたとか信じているネトウヨなのかな???
……それだったら、うん、まぁ、とってもユニークで愉快な価値観なので、今更僕なんかには何も言えないです。
そうそう、今回のロシアも本気でウクライナをただただ善意で解放しにやってきたのだと信じている人たちいっぱいいるもんね。
……ぼくはちがうとおもうょ。




ともあれ、つまりここで面白い逆説となっているのは、確かに「優しく」「理解ある」侵略者であるならば彼の言う通り無血開城することで多数の命を守れる可能性があることは否定できないんですよ。
――問題は、侵略後に何をするのかその本心は事前には区別つかないことである。
だから私たちは侵略者たちの事前の行為を見たうえで判断するしかない。

ロシアによるウクライナへの侵略行為は、人道的にも、国際法上も、許されぬものである。

第110回:私たちは軍事国家から侵略を受けたときに、それに対してどう向き合うべきか(想田和弘) | マガジン9

あっ……(察し)。
その意味で今回の彼のこの文章ってもう最初の一段落目で語るに落ちているというか、オチがついてしまっているんですよね。これを狙ってやっているとしたらすごい才能だと思います。素晴らしい文章力であり、無抵抗主義へのアンチテーゼとして後世に残すべき名文とすら言えるかもしれない。
そもそも併合後も現地住民の平和と安寧を考えてくれる侵略者であれば初めから侵略などしていないし、逆にそんなこと考えていない人たちだからこそ国際法も人道も気にせず軍事侵略をしたはずなのにね。


人道的にも国際法上も許されない行為をしたロシアは、無血開城され併合したウクライナで一体どんなことするんやろうなあ。
――その意味では、本邦にも少なくない左右の極にいる一部の陰謀論な親ロシアな人たちの言うことの方がまだ一貫性があるんですよ。彼ら彼女らは最初からロシアが被害者であり、虐げられているウクライナの住人を保護する為に人道的に行動していると確信しているんだから。そのポジションならば、まだ「抵抗するウクライナ人が悪い」という論理立ては理解できる。
ところがこの人は、一番最初に人道的にも国際法上も許されない行為をした相手だと認めているにもかかわらず、無血開城を勧めてしまっている。
え、その邪悪なロシアは、ウクライナを併合した瞬間から国際法と人道の遵守に目覚めちゃうの? やったぜ! 連邦の同胞を平等に内包する俺たちのソ連が帰ってきた!
彼が提起している「無抵抗で無血開城すれば現地住民は救われる」問題は、結局のところここに行きつくんですよ。
心優しい侵略者であれば確かに救われるかもしれない。
しかし心優しい侵略者はそもそも国際法や人道を無視して侵攻しない。
過去の我々日本を含む、そうした口では綺麗事を言っている無法者な侵略者たちが併合後に一体現地で何をするのか、歴史を振り返ってみると……。
みなさんはいかがお考えでしょうか?