北風と太陽とgoogle

グーグルさんの善意から始まった個人情報の掌握について、のお話。1週間前のネタでごめんなさい。


/ WSJ日本版 - jp.WSJ.com - Wsj.com

 グーグルは、プライバシーという政治的難題に対する自らの動機についても、同様の寛容な見方をしているようだ。シュミットCEOは、グーグルにはユーザーを適切に扱わなければならないと考える強い動機があるため、規制は不要だと述べる。なぜなら、グーグルの個人情報の活用方法に「気味の悪さ」を感じれば、ユーザーは即座にグーグルから離れていくと分かっているからだという。

 本当にそうだろうか。例えば、グーグルの写真管理ソフト「Picasa(ピカサ)」を使用して数千もの写真を管理している人にとって、すぐにその利用をやめることは、それほど簡単だろうか。

 あるいは、グーグルの電子メールソフト「Gmailジーメール)」を10年以上も使用している人や、マイクロソフトの文書管理ソフト「Office(オフィス)」の代わりにグーグルの「Google Docs(グーグル・ドックス)」を使用している中小企業の経営者はどうだろうか。

/ WSJ日本版 - jp.WSJ.com - Wsj.com

解ります。僕もgmail使ってるし、RSSリーダーもブラウザもgooglechromeだし、このサイトだってGoogle Analytics入ってるし。少なくともネット上においてはかなり僕の性癖、ではなくて個人情報を握られてる気がします。


しかしまぁ、これってすごい皮肉な状況ではありますよね。
そうした各個人情報が詳細まで把握された管理社会・統制社会は一部の人びとが夢見てきた、あるいは殆ど全ての人が悪夢と見なしてきた、ある種のディストピアな世界に近い物にものは確かにある。冷戦時代などかつての時代においてはそれは概ね政府権力の悪意の下になされると思われてきたのに。
悪意からなる行為なら単純に反発できたのに、しかし善意の顔をした行為には今に至るまでだれも文句を言わなかった。
北風ならコートを押さえたのに、太陽を見たら自分から脱いでしまった。


だからこその「Don't be evil」なんてgoogleさんちの社是だったりするわけだ。
しかしそれを100%信用できるかと言うと、本人達はともかく、それ以外の他人からすれば決してそうではない。故に各方面から攻撃されまくっているgoogleさんちの現状。勿論それは政治的であると同時に経済的な確執でもあるんだろうけど。


それでもgoogleは今度はそうした個人情報を利用しての「検索の先にあるもの」を次のステージとして目指している。検索するよりも先に、手に入れた個人情報を利用してこちらから情報を提示しようといった風に。
まぁ情報過多の時代のニーズに合っているとは確かに言えるんじゃないでしょうか。個人情報と人工知能を利用しての、より効率的な情報の入手だと。