初音ミクさんのエポックメイキング性

ということで前回初音ミクさんを宗教現象学から見る - maukitiの日記の続き。ポスト近代化や世俗化論など現代宗教から見た初音ミクさんの親和性について。まぁ2007年に登場して今更こんなこと書くのかよ、な話ではありますけど折角の機会なので。


「初音ミクは神そのもの」 21世紀から新しい宗教が生まれるとすれば、それは初音ミクのようなものだろう。:ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
先日の日記でも少し触れましたけど確かに『初音ミク』さんのやり方(権威的な構造から創られる画一的なものではなく)「不定形であるが故に自由」という形態は、現代宗教に要請されるニーズにかなりの部分「正しい」形態ではあるんですよね。


例えば有名なモーセさんのアレ*1にもあるように、形像拒否(神さまを描写すること)や偶像崇拝(描写したものを信仰すること)は結構よくある話ではあったんです。しかしそれは逆説的に「わざわざ禁止しなければいけないほどに影響力があった」ということの証明でもあるわけですけど*2
確かにそうしたやり方は、かつての時代、一つの宗教が一つの共同体社会の価値観や全体秩序を根拠付けていた時代には、それなりに効果を挙げていた手法であったんです。神の姿をみだりに表わしてはならないと。ぶっちゃければそれは独占されるべき知識であるが故に。近代以前の社会における秩序維持・権力構造の一部の機能を期待されたかつての宗教形態。


しかし近代以降の世界では、そうした単一の価値観だけでは複雑に分化した社会それぞれ全てをカバーすることは不可能になってしまったんです。それが相対主義であり、そして「神は死んだ」と。
こうしてポスト近代での新しい宗教は、かつてのような社会全体を射程に入れた「大きな神」ではなく、代わって「小さな神々」が生まれるようになるわけです。個々人のより分化した様々なニーズに応える為の「大きな神」から「小さな神々」化。確かにそれはある種の進化・最適化であるとは言えます。


現代のこうした状況において、『初音ミク』さんの手法はかなり効果的なんだなぁと思うわけです。
誰もが手が届く故に、誰もがその激しく分化されたニーズに応える為の姿を創造することができる。そうした自由さと万能さは、かつての大きなそれでもその後の小さなそれでもない全く新しい手法です。そのやり方は革命的ですらあります。その意味で「大きな神」から「小さな神々」を経た次の形態に進んだ感がありますよね。初音ミクさんが音楽でのエポックメイキングであると同時に、宗教学や社会心理学におけるエポックメイキングでもあるんじゃないかなぁと思うわけです。

>>213
そりゃそうだ、SFですら、よってたかって「バーチャルアイドル」を想定しても、
初音ミクを想像的なかったんだから。
過去のSFが想像できたのは、シャロン・アップルであり、伊達杏子であり、江口愛実であって
初音ミクではなかった。
政府機関、芸能プロダクション、なにか巨大な組織が大衆を操るためにトップダウンするものであり、
ボトムアップで「女神」を生み出すバーチャルアイドルを、過去のSFは想像できなかった。

凄いことなんだぞこれ。
人類の過去の想像力をはるかに超えた存在を、日本は生み出したんだ。

「初音ミクは神そのもの」 21世紀から新しい宗教が生まれるとすれば、それは初音ミクのようなものだろう。:ニュー速VIPブログ(`・ω・´)

確かに概ねその通りであります。
それは過去のSFな人びとの想像力の欠如というよりはむしろ「技術進歩の予見の失敗」とでも言うべきでしょう。例えば多くのSF作家が携帯電話社会の到来を予言できなかったように。予見されていた「受信するネット社会」だけではない、個人のツールの進歩による無数の発信者の誕生。その意味で、現代ではPCさえあれば、誰でもかつてのような宗教画家や宗教音楽家や福音歌手、そして伝道者になれるわけです。
こうして初音ミクさんはそれまで潜在的に存在していた無数の伝道師たちに、まるで天命を授けるかのように活躍の場を与えたんですよね。
それはただ単に偶然で生れたわけでも、あるいは何らかの一つの要素で生れたわけではないんです。現代社会における価値観(宗教観)と、PCの技術進歩、そして革新性が組み合わさった末の三位一体の奇跡であります。おそらくどれか一つでも欠けていたら今日の状況はなかったことでしょう。
こうしてアイドルが偶像(idol)となり、その偶像(idol)は正しく神性を獲得するに至った。
初音ミクさんすごい。マジ奇跡。



とまぁやっぱりこの構図で一番上手いと思うのは産みの親であるクリプトンさんの手法だよなぁと、今更ながらに思うわけではあります。

*1:「あなたは自分のために刻んだ像を造ってはいけない。天にあるもの、地にあるもの、水のなかにあるものの、どんな形(あるもの)も造ってはいけない。それにひれ伏してはいけない。それに仕えてはいけない。」モーセの十戒 - Wikipedia

*2:正教会なんかではイコン(聖画)は一般信者たちにとって、かなり重要な信仰装置だったりした。