ギリシャ再生の成否が背負わされているもの

何故かいきなり世界の運命を背負わされつつあるセカイ系主人公っぽいギリシャさんちのお話。



http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/16510
『無駄遣いを許容してきたギリシャの政治文化を、果たして改革できるだろうか?』そんなプロジェクトX
これって結構興味深い話だと思うんですよね。つまり、果たしてそんな彼らの政治文化は政治改革だけで、ギリシャの人びとに深く根ざしている意識までも一緒に改革できるのだろうか? という政治哲学における古くからのテーマの一つでもあるわけです。
各国固有の政治文化はトップダウン的な政治制度によって形成されるのか? それとも伝統や習慣などのボトムアップ的なコモンローによって形成されるのか?
現在でも前者を信じてアメリカがイラクアフガニスタンでがんばっていますよね。(原理主義や独裁に陥りがちな)彼らに真っ当な民主主義を根付かせることができれば、彼らの国、引いては国民の政治文化をも変えることができるのだろうか?
そうした議論の上で彼らは「変えられる」と信じているのでしょう。故に必死に努力している。まぁ確かにそう考える事自体は個人的には同意する所でもあります。ある種の政治文化の問題は、根本的な政治改革を行なわなければ解決できない、と。


でも現在問題になっているのって別にそういうレベルでさえないんですよね。
つまるところ「政治改革さえすれば全てうまくいく」のはいいとして、それは決して「政治改革が簡単に実行できる」ことを意味しているのでは全くないところにあるわけです。ギリシャを改革すればどうにかなる、と唱える事はいいんだけれど、しかしその改革自体がどうにもこうにも全く進まないからこそ、こんなにも苦労しているのだから。

 もしギリシャが改革に成功すれば、この国はお荷物どころか他の欧州諸国のお手本になれるかもしれない。というのは、神経質な債券投資家たちが既に気づいているように、ギリシャの問題は極端ではあるが、この国固有のものではないからだ。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/16510

ということで上記先でははっきり言及されてはいませんけど、まさにその通りなわけです。ギリシャの問題はギリシャ固有のものではない、だからギリシャさえ解決できれば他の欧州諸国のお手本になれるかもしれない、と。しかしそれは逆説的に、ギリシャの再生に掛かっている重要な問題があることをも示唆してもいる。
つまり、もしこのままギリシャがコケてしまったら、『他の欧州諸国が再生できない理由』にもなってしまう。


そりゃ欧州連合の偉い人たちはそう簡単にギリシャを切り捨てられないよなぁ、と達観してしまいますよね。
ギリシャ再生の成功は、他の欧州諸国の成功の前例となるし、
それと全く同様の理屈で、ギリシャ再生の失敗は他の欧州諸国の失敗の前例となってしまう。


うん、まぁ、ギリシャがんばれ。