『分水嶺』まであと何マイル?

ということで2012年です。あけましておめでとうございます。


明けまして本年たる『2012年』は以前からスピリチュアルというかオカルトな方面から、1999年の時ほどではないにせよ、まぁ地球滅亡だのアセンションだのと言われているわけです。実際そうしたものはネタとして流しておけばいいんですけど、しかしそれでも一般に見て2011年から続く世界が混乱期あるいは変革期にあるのではないか、というのは多くの人にある感想なのではないでしょうか。
2011年は既存レジーム崩壊の年であったと。それは私たち日本の政治情勢やあるいは原発政策、あるいは世界中の出来事――ユーロ危機・アラブの春・中国やアメリカの国際関係・ビンラディン金正日の死などからも、その様に見えるのではないかなぁと。それまであったルール、レジーム、システムなどと呼ばれるものの変革期。


さて置き、昨年11月21日付読売新聞にポール・ケネディ先生が上記のような『新たな時代へ・混沌した世界の入り口に』というテーマで寄稿しておりました。
彼は歴史上に幾度かあった新時代への転換期――ナポレオン戦争第二次世界大戦という解りやすいものから、宗教革命や産業革命といった気付きにくいものまで、を『分水嶺』という言葉で表した上で「それが今現在の世界でも起きていることではないか」と述べています。その変化の指標として彼は次の四つのものを挙げています。
「米ドルの衰退」「欧州統合の停滞」「東アジアの軍拡競争」「国連の老衰」
これら4つを挙げた上で、アラブの春ウォール街でのデモで言われたようなただの通信革命や技術革命のようなものとは一線を画した「新時代の幕開け」として、最後に次のように纏めています。

これらの変容は全体として、我々が海図のない新しい海に、混乱した世界に入りつつあることを、示唆しているのではないだろうか。これと比較すれば、携帯端末の新製品の発表に喜ぶ消費者の顔も、どこか間抜けに見えるに違いない。
言ってみれば、中世を抜け出して近世の初期に入った、西暦1500年に戻ったようなものである。(銃をまだ知らない)当時の民衆は、さらに強力になった「長弓」の最新型を見て、目を丸くしたものである。
我々はもう少し真剣に世界の事を考えられるはずである。

とまぁポール・ケネディ先生は仰っていますけど、しかしまぁぶっちゃけてしまえば、そんなことを無力な個人である私たちが幾ら気にしたところで何の意味もない話でもあるんですよね。だから目先の個人的な小さな世界に生きている人びとのことを批判することなんて勿論できるわけがない。


それでもまぁ僕としては、そんな『分水嶺』の時代に生きているのは幸運だったのかなぁと思うんですよね。良くも悪くも変化の時代に生きていることは興味深いことでもあるわけだし。
確かにただの個人が考えた所で何の意味もない話であるんでしょう。その意味で(これから始まるかもしれない)世界の未知の変化も、新作ゲームやネトゲで大規模パッチを待ちながら色々考えているのも、僕としては大差はない気がします。その角度について。人生とこの世界は、なんてクソゲーで、そしてなんて興味深いクソゲーなんでしょうね。


ともあれ、2012年は昨年の続きとなるのか、あるいは再生に向かうのか。皆さんはいかがお考えでしょうか?