なぜMMORPGの悪役ギルドは大抵やられ役になってしまうの?

答「みんな暇だからです」


ということで某『ソードアートオンライン』を見ていると当時の熱量を思い出してしまって笑えばいいのか懐かしめばいいのか恥ずかしがればいいのかよく解らなくなってしまう元ネトゲ廃人だった人たちこんにちは。僕も大概でありましたので見ているとかゆくなってしまいます。
『ソードアート・オンライン』作者による第4話の解説まとめ|やらおん!
特に四話なんて、解りやすく「殺人ギルド」な人たちが出てきてどちらかというとそういう「やぁ愚民ども!」なプレイをすることが多かった僕にとってはニヤニヤが止まりませんでした。そうですよねー、アレなギルマスは大抵祟ってしまうんですよねー、でもそういう人間が持つ謎のカリスマとパワーがないとそういう集団が維持できていけないのもまた事実であるのでした。


ともあれ、この『ソードアートオンライン』では(そのデスゲームの仕様上かまでは言及されませんでしたけど)そういった悪役な人たちにやられて泣き寝入りしてしまう被害者、というような描写がありましたけどしかしまぁ通常の(特に日本の)MMORPGではそういった構図はまぁほとんど見られない風景ではあるんですよね。「だからこの作品はクソだ!」と言いたいわけでは勿論なくて、むしろ実はそうした光景は逆説的に大多数の(廃人)プレイヤーにとっても福音でもあるのです。『終わりなき冒険』なんて風には宣伝されながら、しかし現実には到底得られないもの。


つまり実際のネトゲでああした「虐げられる弱者たち」という構図がまったく一般的にならないのは、長期的にはそうした勢力に対するカウンター勢力――有志による自警団など――の方が必ず圧倒的な戦力となってしまうからであります。それこそ善悪の価値中立的なことが説明書にも書かれていたUOの時代からずっと続いてきた伝統的な光景。少数のPKerを無数のPKKerがぼっこにする心温まる正義の執行風景。
それは何故か? ――というと答えは身も蓋もなくて、ほぼ全てのゲームでは「皆やることがなくなって暇だから」お手軽な暇つぶしとして機能するようになっていくからです。上記の本編の中でも「なんで攻略組がこんなところ(低レベル狩場)に居るんだ!?」と言われてしましたけど、まさにその通りで、大抵ゲーム開始直後の勢いがそのままであれば、彼らのような悪役ギルドだってそれなりにやっていくことが出来たのです。
しかし『終わりなき冒険』といった宣伝文句とは裏腹に、大抵のネトゲはある程度の所で明確な頭打ちが存在するのです。レベル制限だとか、そもそももう行く場所がないとか。


よって、こうした悪役ロールプレイの寿命は、概ねその頭打ちのラインを廃人たちが攻略終了するまで、という所に集束します。
PKシステムが現実的に機能するのは先攻組みがレベルキャップに到達するまで。期間でいうと、ゲーム開幕から先行廃人のスタートダッシュが終わる数週間、遅くても数ヶ月という短い寿命しかない。その閾値を越えた時点で、そのゲームの世界には膨大な善き「暇な人たち」が溢れるようになっていくのです。それまでは個人の努力でどうにか対抗できていたそれが、最早数の暴力でどうにもならなくなってしまう。
かくして偶に湧き出るレアなPKを無数のPKKたちが集団によってボコボコにする、というMMORPGにおける日常風景が完成するのでした。レベル制限こわい。


いや、別にそれが良いとか悪いとか、あるいは人間性がクズなのはどっちなのか、といった神学論争をするつもりはないんです。
ただどちらにしても、こうした構図「ボコボコにされる悪役ギルドたち」を招いているのは、ほとんど場合でそうした「最早ゲーム内で積極的にやるべきこと」が無くなってしまうからこそ起こってしまう、商用MMORPGの限界でもあるということを言いたかっただけです。だからといってそうしたレベルキャップを撤廃することは、開発費の問題や、新規参入プレイヤーとの格差を放置することに繋がってしまうので、まぁ大抵選択肢としてありえないわけですけど。



その意味で今作品に出てきた『悪い人たち』の遊び様は、まぁ俺TUEEE主人公にボコボコにされてしまいましたけど、実はとても楽しそうな風景であったのだなぁと。だって先行組みには未だやることが残っているんだから。
身も蓋もなく言ってしまうと、そのゲームの寿命と、悪役ロールプレイの出来る期間は、かなり共通する。その意味で、実は『ソードアートオンライン』はそういう人たちの楽園やったんや! ということは出来るかもしれません。出来ないかもしれません。