オバマさんが『対テロ戦争』から学んだ教訓によって、見捨てられるシリア

そして彼はワシントンの中心で「シリアのネーションビルディングなど知ったことではない」と叫ぶ。



「シリア内戦の死者10万人以上」 国連事務総長、平和会議の早期開催訴え 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
CNN.co.jp : シリア内戦の犠牲者10万人超す 国連事務総長
ということでシリア内戦における死者が10万人を越えたそうで。そしてまだまださっぱり終わる気配はさっぱり見えない。しばしば『内戦』はただの外国との戦争よりも悲惨なものになると言われるものではありますが、見事にその通りになっちゃっているよなぁと。私たちはただの異邦人よりもずっと、身近で「少しだけ違う」隣人を激しく憎むことができてしまう。フロイト先生の仰る所の「小さな違いのナルシシズム」。
ともあれ、国連事務総長様にあっては、ジュネーブ平和会議を早く実現するべきだ、と言いつつも(反政府側内部における対立もあって)しかしこちらもさっぱり見通しが立っていないわけで。

 潘事務総長は、「これ(シリア内戦)に終止符を打たなければいけない。全当事者は軍事行動や暴力行為を停止すべきであり、ジュネーブ(Geneva)での平和会議をできるだけ早く開催することが不可欠だ」と発言。ジョン・ケリー(John Kerry)米国務長官と共に記者団に対し、28か月にわたり続くシリア内戦に対する軍事的な解決法は存在しないとの見解を表明した。(c)AFP

「シリア内戦の死者10万人以上」 国連事務総長、平和会議の早期開催訴え 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

でもまぁ国連としては、中露が反対にまわっている以上軍事的な解決法などあるわけがないので、無駄だと解っていてもそう言うしかありませんよね。ひたすら無力な国連事務総長
――ただ、このニュースで一番興味深いなぁと思うのは、そんなどこまでいっても無力な国連事務総長の言葉というよりはむしろ、それに便乗する形で米国国務長官たるケリーさんまでもが「アメリカが単独で何かするつもりもない」と間接的に言っている点であります。
それは、リビアに引き続き、オバマさん(及び側近の人たち)はやっぱりシリアでもアメリカが責任を持つ形で「ネーションビルデイング=国造り」をする気なんて更々ない、ということなのだろうなぁと。もちろん世界の盟主であるアメリカとして何もしない気もないが、しかしアメリカ一人で何かやるつもりも絶対にない。
シリアに介入すること「だけ」なら簡単なんですよ。それこそビンラディンさんやカダフィさんのように暗殺しちゃえばいい。しかし戦後にある国家再建という事業はそれではどうしようもない――ということをアメリカはついに学習してしまった。


つまり、元々ブッシュさんが9・11以降に進めた『対テロ戦争』が最終的に目標としていたのは「大規模な軍隊を派遣して(テロ支援国家とならないように)善い国家を作り出す」ことだったわけです。
――ところがオバマさんにとっての『対テロ戦争』は、最早そうではないのです。
就任当初こそそのブッシュ路線を引き継いだオバマさんでしたが、しかし彼はイラクアフガニスタンで戦うことで、それが途方もないアメリカの資源の浪費であると思うようになるのです。ついでに言えばどれだけアメリカが誠意――もちろんそれはアメリカからの一方的な押しつけに限りなく等しい――を見せても占領された国民が諸手を挙げて歓迎し協力してくれることなどないと気づいたのです。
この辺のブッシュさんからオバマさんへの『対テロ戦争』の定義の変化については、デビッド・サンガーさんが著書『Confront and Conceal: Obama's Secret Wars and Surprising Use of American Power』の中で端的に述べています。

それは現実的で冷酷な計算だ。オバマは二年間でアフガニスタンを再建することはできないことを学んだ。莫大な額の軍事援助、民政支援をしてもアフガン国民の民心など勝ち取ることがはできないことも学んだ。オバマアフガニスタンパキスタンで米国の利益を守るためには、米国の持つ力、もっと限定された分野で、もっと攻撃的に、そして時に冷淡に使わなければならないことを学んだのだった。*1

そうして彼はアメリカのパワーの効率的な使い方、「テロリストだけぶっ殺したらさっさと引き上げた方がいい」という、とても合理的でとても対費用効果に優れた地平にたどり着いている。ビンラディンさんの暗殺後、アフガニスタンから一斉に引き上げ始めたそのやり方はまさにその象徴であったし、ついでにリビア内戦への介入でもヨーロッパを前面に出しておきながら肝心のカダフィさんだけはさっくりぶっ殺してあとは知ったことではない、というある意味でとても一貫したやり方を続けているわけで。
下手に入れ込んで他国の国家再建という泥沼に陥る位ならば、適度なところ(アメリカの威信を傷つけない程度)で手を抜いてもっと自国アメリカの国家再建の為にリソースを投入しようではないか、と。まぁ理屈としてはそこそこ頷けるお話ではありますよね。


皮肉なお話ではありますが、シリアが致命的に混乱すればするほど=戦後の国家再建の必要が高まれば高まるほど、オバマさんはアメリカが介入することに消極的になっていくんじゃないかと思います。アサドさんだけを排除すれば全て終わっていただろう段階は最早通り過ぎてしまった。もう戦争の犬たちは解き放たれ、この先どこへ向かうのか誰にも解らない。
国家再建が簡単にいかないことを、おそらく世界でもっともよく「経験上」知っている一人である米国大統領のオバマさんだからこそ、彼はシリアに関わろうとしない。
かくしてオバマさんはワシントンの中心で「シリアのネーションビルディングなんて知ったことではない」と叫ぶのです。いやまぁ想像ですけど。


ということで、おそらく、まず間違いなく、少なくともオバマ政権の間はシリアについてもこの方針が変わることはないでしょう。その紛争がアメリカの安全保障そのものに危機をもたらすような段階へと引き上げられる――たとえばイスラエルやイランを直接巻き込むような形――ことがない限り、アメリカは単独でシリア内戦に深入りすることは基本的にはない。おそらくアサドさんを支援するロシアなどもその辺きちんと伝えているのだろうなぁと。「少なくとも内戦がシリア国内で収まっている限り、アメリカがでてくることはない」だろうと。
まぁ見方によっては一部の人たちがずっと叫んできた「抑制された超大国」の振る舞いではあるとは言えますよね。伝統的な人権外交=ウィルソン主義からもっとも掛け離れた現実主義的なやり方。でも「よくぞシリアへ手を出さずにいるね!」なんて誉められている風景も見たことありませんけど。


初期段階で介入すればコストは安いものの他国からは「傲慢だ」と非難され、逆に末期段階で介入するにはコストが高すぎる上にやっぱり一部の人々からはアメリカの不作為を「見捨てるのか!」と非難される。
まぁなんというかアメリカさんちも色々大変だなぁと。

*1:この日本語訳は『秘密戦争の司令官オバマ』からの孫引き。